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コンプレックス 9


■コンプレックス9

東京での暮らしは、阿佐ヶ谷のアパート住まいであった。

閑静な住宅街で、安くてうまい定食屋や、毎日のように通った焼き鳥屋もあり気に入っていた。

しかし、わずか一年で中野に引っ越した。簡単に言うと追い出されたのだ。

阿佐ヶ谷のアパートは、それぞれ玄関が独立した立派なものでは無く、共同玄関、共同トイレの下宿スタイルであった。

もともとは、眼科医院を開業していたらしいのであるが、女医の院長が高齢になった為閉めたとのことである。

スペースも部屋もたくさんあるので、母屋とは完全に仕切る形で2階に4部屋貸していたのだ。

部屋はきれいだったし、快適であった。

ただ、厳しいルールがあった。

住人以外の立ち入り一切禁止なのである。

ましてや、女性を連れてくるなどは、もっての他である。

とは言っても、初めての一人暮らしで、私が彼女も作らず、寂しい毎日をおくるわけも無く、すぐに同い年の彼女が出来た。

彼女は大妻女子大の2年で、フェヤーモントでアルバイトをしていた。彼女は、東京生まれの東京育ち、

実にあっけらかんとした性格で、彼女の方が積極的だったと記憶している(いや、ほんと)。

なんと王子の設計事務所の社長令嬢でもあった(何回か遊びに行ったが、馬鹿でかい家で、屋上でテニスまで出来た)。

何回かデートをしたが、ある日彼女はこう言った。

「今日は、孝ちゃんのアパートへ行こう!着替えも持ってきたし…」

ドキッ!である。

着替えって…、泊るつもりみたい…
断る理由は無い。

見つからなければいいんだ…と、自分に言い聞かせた。

食べる物と、お酒を帰り道に調達し、アパートにはボクが先に入り、彼女には少し遅れて靴を持って上がってくるよう頼んだ。

ドキドキしたが、そんなに早く帰ってくる住人もいないし、
大家の婆さんは、年寄りなので滅多なことでは外に出てこない。

ほっとしているボクを横目に、

「ねえ、先にお風呂行こう!銭湯久しぶりだなぁ、楽しみ!」

そう、別に彼女はなんらビビっていないのだ。

ボクは、のんびり銭湯を楽しむ余裕も無く、
先に部屋に戻って彼女を待っていた。

彼女は、
「あ~いいお湯だった!やっぱ銭湯はあったまるわ!」
なんて言いながら、湯気と一緒に呑気に帰ってきた。

彼女は、お酒はあまり飲めないタチであったが、自分で選んだ「赤玉ポートワイン」を
「甘くておいしい!」と、ご機嫌であった。

最初のうちこそドキドキもしたが、そんなことを何度も繰り返しているうちに、ボクもたいして気にしなくなってしまった。

しかし、いくら姿を見たことは無くても、薄い壁一枚の隣りの住人には、しょっちゅう女性が泊りに来ていたのはバレバレだったようだ。

そして彼はそのことを好意的には少しも思ってくれてなかったようである。

更に悪いことに、一度部屋の鍵をホテルに忘れて、そのことを知らずに帰りに飲みに行き、ベロベロに酔って帰って、アパートで鍵が無いことに気付いた。
その、ボクに対して好意的ではなかった隣りの住人(絶対に彼女がいそうも無い変な奴)からは、 テレビの音がうるさくて勉強出来ないだの、なんだかんだと、しょっちゅう文句を言われていた(わざわざ、コンコンと訪ねてきて言うのである、いつか殺してやろうと思っていた)。

ボクは、酔ったついでに「どうせもう寝ているだろう…」と考え、
彼の部屋のドアに思いっ切り蹴りを入れてやった。
別に蹴りをいれたところで事態はなんら変化するわけも無く、
ボクは、自分の部屋に入ることは出来ず、自分の部屋のドアの前で寝た。

冬だったら、凍死するところだった…。

実は、蹴りをいれた時、隣りの変態はまだ起きていたようで、
そして、そおっと出てきて、ボクが廊下で寝ているのも確認したようである。

くっそ、あの変態め!

そんなことがあってから数日後、ホテルに電話があった。

そのアパートを管理している不動産屋からであった。

「笹川さん、大家さんから言われて電話しているんですが、あなたアパートに女の人連れてきて、自分の部屋に泊めたりしてるそうですね。そういうことは、やってはいけないことになってますよね。それと、酔っ払って帰ってきて、他人の部屋のドアを蹴ったりしたあげく、朝まで廊下に寝てたそうじゃないですか…」

ボクは、頭の中に隣りの変態の顔が浮かんだ。

金払っているのに、なんで学生寮みたいに縛られなくてはならないんだ!と、辟易していたボクは、

「その通りだけど…」と応えた。

「まずいですね。そういうことですと、出ていただくしか無いですね!」

「わかりました。出ます。ただ、今日、明日というわけにはいきません。早めに探して出ていきますから…」

ということで、ボクは中野のアパートに引っ越したのである。

ここも風呂はなかったが、キッチンも付いていて、2階の一番奥の部屋だった。

そのアパートの半径200メートル以内に、銭湯が6件くらいあり、毎日いろんなタイプの銭湯が味わえて超快適であった。

しかし、結果的にそのアパートも追い出されてしまう運命に…


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ササピー
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