わたしを探して
・・・夕焼け小焼けで日が暮れて~♪
ああ・・・いやになっちゃう。
なんでこの歌を聴くとこんなに切ない気持になってしまうんだろう?
・・・この気持ち、いったいなんだろう?
夕食の準備をしながら、子どもたちを静かにさせようとつけていた子ども
向けの番組から流れてきたあの曲。
ゆみこさんは夕食に準備の手を一瞬止めてため息をつきました。
「だめだめ、今忙しいんだからそんなこと考えているひまないない!」
よくわからないまま大きくなりかけていた切ないような悲しいような気持を振り切るように頭を振ると、ゆみこさんは再び夕食の準備にとりかかりました。
忙しく支度を終え、帰宅したご主人と子どもたちをお風呂に追い立て、
食事・後片付け・・・忙しく動いているうちに心の片隅に引っかかった
切ない気持ちのことはすっかり消えてしまった、そう思っていました。
しかし、ゆっくりとお風呂につかって、布団に入ると頭の中でだんだん大きくなってくるのです。
「いったいどうしちゃったんだろう・・・?」
そう思っているうちに、ゆみこさんは寝てしまい、こんな夢を見ていました。
・・・夕焼け小焼けで日が暮れて・・・毎日午後5時になると町中に時間を知らせる音楽が鳴り響きます。
ああ、もうこんな時間。みんなもうお家に帰っちゃった。
私も帰らなくっちゃ・・・
小さなゆみこちゃんはそう思うとため息をつきました。
ゆみこちゃんのお家はお父さんお母さん二人ともお仕事をしている共働きのお家です。
ゆみこちゃんが小学校に上がった3年前に、ゆみこちゃんはお家のカギを
もらいました。
お母さんもお仕事を始めたので、自分でお家のカギを開けて入らなくてはならないからです。
みんなで遊んだ公園を後にしてとぼとぼとお家に向かうのですが、誰もいない明かりのついていないお家に向かう足取りは重くなります。10分ほどでお家につくとゆみこちゃんはカギを開けようとポケットに手を入れました。
・・・でも、そこに入っているはずのカギの感触がありません。
「あれ?違うところに入れたかな?」
ゆみこちゃんは上着のポケットやランドセルの中、給食袋の中まで探しますが見当たりません。
「きっと公園で落したんだ!」
泣きそうな気持ちになりながら、ゆみこちゃんは公園に向かって駆け出しました。
あたりはもう、薄暗くなりかけています。
「早く見つけないと、見えなくなっちゃう!」
こんなに公園が遠くに感じたことはありません。
走っても走っても思うように足がかわらないのです。
やっとの思いで公園にたどり着くと、手当たり次第に探すのですがなかなか見つかりません。
焦れば焦るほどどこを見つけたらいいか分からず、ゆみこちゃんの目には
大きな涙の粒があふれて来ました。
何分ほどそうして探していたでしょうか。あたりのお家の窓に明かりがともり、楽しげなテレビの音がとぎれとぎれに流れてきます。
・・・仕方がない、お家の玄関でお父さんかお母さんが帰って来るのを待つしかない・・・
ゆみこちゃんがそう思って顔をあげたその時でした。
「ゆみこちゃん、どうしたの?」
目の前に見たことのない女の人が立っていたのです。
いえ、見たことがないというか、あるというか・・・
会ったことはないけどなぜかホッとする感覚を覚えながら、ゆみこちゃんはたずねました。
「おばちゃん、誰?」
すると、女の人はこういったのです。
「はじめまして。私は大きくなったあなたよ。ゆみこちゃんが困っているようだったから助けてあげようと思ってきたのよ。」
ゆみこちゃんはおかしなことだ、とは思いませんでした。その女に人が大きくなった自分だということがなぜか自然にわかったのです。
気がゆるんだのと同時に悲しかったこと怖かったことが一気にあふれだし、ゆみこちゃんはゆみこさんにしがみつき泣きじゃくっていました。
「暗くて、こわくって、寂しかった・・・カギをなくしたらきっと怒られちゃう・・・」
いろんな思いが一気に噴き出してきて泣きながら訴えるゆみこちゃんを見てゆみこさんは妙に納得していました。
(そうか「夕焼け小焼け」を聞くとカギをなくした思い出が出てきて、
あんな気持ちになっていたのね・・・)
無性に小さな自分がいとおしくてぎゅっと抱きしめながら、ゆみこさんは言いました。
「もう一回私と一緒にカギを探そう?」
「落ち着いて思い出して。公園のどこで何をして遊んだの?」
ゆみこさんがたずねると小さいゆみこちゃんはしばらくじっと考えていました。
「・・・最初はお友達とすべり台をしていたの。それからブランコに乗って、砂場でトンネルも作ったかな。帰る前はみんなでかくれんぼしてた・・・」
ゆみこさんはゆみこちゃんの手を引き、一つ一つ見て歩きます。すべり台、ブランコ、砂場・・・
そして最後に、かくれんぼの時隠れていた手洗い場の裏側・・・
「あーっ!あった!」
小さいゆみこちゃんは嬉しそうな声を上げると、手洗い場の蛇口に引っかかった、ひものついたカギを拾い上げました。
「ああ、よかった。一緒に探してくれてありがとう!」
ゆみこさんはにっこり笑って、言いました。「さあ、お家に帰ろう。」
手をつないでお家に向かいながら、ゆみこちゃんはいろんなことをゆみこさんに話してくれました。学校のお友達のこと、先週行った遠足のこと、みんなで学校で飼っているウサギのこと、ちょっぴり気になる男の子のこと。
・・・自分のことなのに忘れてしまっていることもあって一つ一つに「へえ~」「すごいねえ」「そうなんだ」と相槌を打ち、ゆみこさんはにこにこしながら聞いていました。
(このくらいの時、こんなこと考えていたのね・・・)
不思議な感覚にとらわれながら、ゆみこさんはゆっくりゆっくり帰り道を
歩きました。
家の前までくると、もう明かりがついていました。ゆみこちゃんは嬉しそうな顔をして「あ、きっとお母さんだ!」と言いました。
ゆみこさんが「さあ、はやく!」と背中を押すと、ゆみこちゃんは
「ありがとう!」と言ってお家に駆け込んでいきました。
その背中を見つめながら、ゆみこさんはそっとつぶやきました。
「よかったね。小さなわたし。」
目が覚めると、もう明け方でした。とてもすっきりした感じがしました。
何か一つ大きな問題を片づけたような満足感を感じながら、ゆみこさんは
もう一度眠りの中に落ちて行きました。
あの夢を見て以来、ゆみこさんは時々自分の中に小さなゆみこちゃんがいるような感じがするようになりました。そんな時にはそっと声をかけるのです。
「大丈夫。私が守ってあげるから。」
小さなゆみこちゃんがにっこり笑ったように見えました。
(ちょっと一言)
想像の中で小さな頃の自分に会いに行く。
ゆみこさんは夢の中で小さなゆみこちゃんに会って助けてあげましたが
これは「ファンタジーワーク」とよばれる臨床の手法のひとつです。
想像の中で小さな自分に会って小さい時してもらいたかったことを大きくなった自分がしてあげる。
カウンセリングの場では想像の中でいろんな頃の小さな自分に会いに行き、その時かなわなかったことを大きくなった自分がかなえてあげたり、助けてあげたりすることで心の傷をいやしていきます。
心というとつかみどころがなく思えるかもしれません。
実はこの方法、脳科学的にも理にかなっていて小さな自分=トラウマやブロックを持っている無意識部分の脳を、大人になった自分=経験と客観性を持った人間脳(前頭葉)が助けることができるのです。
原因は分からないが、何となく苦手意識を持っていること、ネガティブな
気持ちになることの中にははっきりと記憶に残ってなくても、ちょっとしたトラウマになっているというものが案外たくさんあります。
軽いものでしたら、小さい時の自分に会いに行ってみると原因の一端が見えてくるかもしれませんよ。
自分の中に答えがあります!
あとは気づくだけ。
もし、何か見つかったら小さいあなたを助けてあげてくださいね。