塗料メーカーで働く 第五十五話 原因究明
5月21日(木)午前9時頃 技術部の実験室 川緑は 古友河電工社 三重事業所へ提出した白色UVカラーインクの控えサンプルと その検査成績表を取り出していた。
従来 インク サンプルを提出する際には インクと その液特性と硬化物特性の検査成績表を添付して発送し 同一ロットの一部のインクを 控えサンプルとして 50ccの遮光ビンに保管していた。
川緑は 控えサンプルを 検査項目に従い再検査したが 特に 問題は見られなかった。
今回の光ファイバーの伝送特性低下のトラブルは 厄介な問題だった。
それは 自社では光ファイバーの伝送特性を評価出来ず また 開発中の光ファイバーのサンプルを入手することも出来ず コートされたUVカラーインクを直接に観察できないからだった。
川緑は 何をどうしたら良いか分らないままに もう一度 問題の白色インクを作ってみることにした。
1kgの白色インクを作製し 先の控えサンプルと共に ガラス板に滴下し 薄く塗り広げてみた。
それらを見比べてみると 控えサンプルは 少しだけ色が薄くなっているのに気付いた。
顕微鏡を用いてガラス板上のインクを観察すると 控えサンプルには 無数の白色顔料の会合が見られた。
インク中で 顔料が会合することで 光を透過しやすくなり 見た目の色味が薄くなっていた。
顔料の会合は 二次凝集と呼ばれる現象で 何らかの原因で顔料が再凝集するもので それは インクの製造時に発現したり 製造後 時間が経って発現する現象だった。
川緑は 三重事業所での光ファイバーの光の伝送損失の原因は これに違いないと思った。
光ファイバーは それにかかる僅かな圧力差を光の伝送損失の変化としてとらえることができるので 精密な圧力センサーにも用いられていた。
インク中の顔料の分散状態が不均一になれば これを塗布した光ファイバーの伝送損失は大きくなり 今回のトラブルに至ったと予想された。
川緑は 松頭産業社の菊川課長 営業の渕上課長に電話して 状況を伝えると 再現試験を始めた。
白色インクの顔料凝集に影響したと考えられる原材料について それぞれの配合量を変えてインクを試作し それぞれのインクを異なる温度で保管して 状態変化を観察することにした。
翌22日(金)午前9時に 川緑は 保管していた白色インクサンプルを実験室に運び それぞれのインクの顔料の二次凝集の状態を評価した。
インクの二次凝集の状態は 高温環境で保管していたものについて顕著で 白顔料と添加剤の配合量により異なることが分かった。
川緑は 松頭産業社に電話し 「菊川さん 白色インクのトラブルの件 原因が判りました。 これから東京工場へ行って 対策を練ります。」 と伝えた。
課長は 「川緑さん 頼むで! 今回の件は 最優先事項やで!」と言った。