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塗料メーカーで働く 第六話 工業用塗料技術部 研究3課

 3課に来て1週間もすると 緑川は 3課とJEL社のメンバーや仕事の様子が分るようになってきた。

 3課の松下部長は 定年まで1年くらい 中背で細身 背筋が伸びていて 時折 和らいだ表情も見せたが 彼が席を外した時に3課のメンバーの表情が緩むのを見ると 以前は彼の厳しい指導があったのだろうと思わせた。

 杉本課長は 40歳台後半 中肉中背で色白 眼鏡を掛けていて 実質的に3課とNEL社とのまとめ役で 双方のメンバーに声を掛ける姿が見られた。

 川上係長は 小柄で細身 白髪で眼鏡を掛けていて 日焼けした顔をしてて 定時になると テニスラケットを持って 近くにある会社のテニスコートへ向かう姿が見られた。 

 森田係長は ふっくらした体型 丸顔で長髪 彼もまたよく日焼けしていて 海沿いの自宅と会社間の距離約30kmをバイク通勤していた。

 3課のメンバーは あまり残業をすることはなく 彼等の帰り時間は早かった。

 JEL社の藤井部長は 大柄で恰幅の良い体型 白髪交じりで温厚な表情をしていて 定年まで1年程の彼は よく JEL社の居室の商談用スペースのソファーに座って新聞を読んでいた。 

 JEL社の福永主任は 30歳代中頃、中背でふっくらした体型 濃い無精ひげを生やし べらんめえ調の話し方が特徴的で 電気技師であり金属の溶接や加工を担当していた。

 3課とJEL社は 以前に北九州にある瓦メーカーと共同で電子線硬化型塗料と電子線照射装置の開発を行っていたが その後 その案件は下火となり 職場の雰囲気は活気のないものになっていた。

 職場のメンバーの名前と顔を覚えてきた頃 川緑は JEL社の作業場にいた福永主任を見つけると 「暇そうですね。」と声をかけた。

 すると 「お前に 暇がどんなにつらいかわかるか。」と返された。

 二の句を告げることを躊躇しながら 川緑は 東京工場で忙しく働いてきた経験から 暇な状況も悪くないだろうと思っていたが 逆に緊急の仕事が無いのも 時間を持て余して良くないのだと感じた。

 別の日に川緑は 3課の森田係長に 「塗料の開発を行う時に大事なことは何ですか。」と聞いた。

 すると彼は 「塗料の開発で最も重要なのは設計思想だよ。」と言った。

 「設計思想が正しければ いつかはいいものを作ることができるけど もし設計思想が間違っていたらいつまでたってもいいものはできないよ。」と続けた。

 彼の言葉は 初めて耳にした言葉であり 川緑にその意味を考えさせるものになった。

 これ以降 川緑は新規塗料の開発を担当する時は その度に彼の言葉を思い出すことになった。

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