患者、面会、付き添いのこと

note 1周年!
noteを始めて1年が経ちました。
最初始めた時は、正直どれぐらい書き続けることが出来るだろうと思っていました。でもまあまあ今のところ書きたい内容もすぐに浮かんでくるので毎週投稿が続けられています。

patient(ペイシェント)🟰患者のこと

私のかかりつけの精神科の先生が「医大に入って一番最初の講義の時に、英語で患者のことをpatient(ペイシェント)って言いますがそれには耐えるとか我慢強い、忍耐強い、っていう意味がありますって教えられました。すごく納得しました。医者は病気を治すお手伝いをすることしか出来なくてそれを我慢強く耐えて治療を受けているのは患者さんその人なので」って言われてました。いや、まさにその通りですよね。

最近、白血病が再発した子どもさんのお母さんとお話しする機会がありました。白血病が分かった時にお母さんが「え⁈ 再発ですか…」って言葉を失っていると子どもさんが「ごめ〜ん」って泣きそうな顔で自分を見てたって。いや、全然ごめんじゃないのに。悪いのは病気だから。そういえばうちの息子も再発のたびに謝っていました。

そのお母さんが言われてましたけど、実際患者である子どもたちって、病気のこととか何も分からなくて、治療はしんどくて辛いことの連続だけどそれでもみんな笑ってるって。まさにpatientを体現してますよね。
対してそれを見守ってる親御さん、みなさんがみなさんではないけれど泣いてる方が多いって。病棟のあちこちですすり泣く声が聴こえるって。どちらかというとそこに神経削られるって言われてました。

小児の患者って自分が何の病気かとか生存率とかは分からなくて、分かるのは今の治療がしんどいことだけだけど、それでもそれを受け容れて頑張っているのだから、付き添っている親御さんたちはそこに寄り添うようにしてあげたいですよね。

私はずっと笑いながら過ごしてたので「お母さん、強いね」ってよく言われました。でも私が強いんじゃなくて、息子に強くしてもらったんですよね。一番強いのは患者である子どもであって、私はそこに付き添っているだけ。私は見ていることだけしかできなくて、本当の辛さや痛みは分かってあげることが出来ないから。

でもそんなことを言っても仕方ないですよね。だって病気になったのは息子であって、私が泣いても悲しんでも病気が治るわけではないのだから。それならばせっかく一緒にいるのだからそこでいかに楽しく過ごせるか、笑って過ごせるかを考えた方が絶対良いですよね。だって患者である息子はずっと我慢強く、耐えて生きているのだから。

面会、付き添いのこと

そんな息子でも、やっぱり家族の面会や付き添いは治療を受けるにおいて大事だったみたいです。
息子が亡くなる少し前に愛媛県立中央病院主催の造血幹細胞移植のセミナーがあって、そこで登壇することになっていましたが、肺のこともあり残念ながら参加できなくてコメントを送っていました。
その時のコメントで面会のことを言っていて。最初2回の移植の時には、面会に関してはオールフリーだったのでずいぶん救われていたと。3回目の臍帯血移植の時はICUに入った時カーテン越しに15分って時間が限られていたのですごくきつかったみたいです。

さらにその後の閉塞性細気管支炎の時は治療の程度でいえば抗がん剤治療や移植に比べて期間も短く、痛みや辛い症状も圧倒的に少ない入院でした。ただコロナの影響で顔を見ることさえ出来ない状況でした。なので不安感は家族がそばにいた抗がん剤治療よりも家族に会えなかったその時の一か月の方が遥かに上だったみたいで。
それまで10年以上の白血病治療の入院を経験していたのに、たった一か月の命のリスクがほとんどない肺にドレーンを入れて空気を抜くだけの治療の方が、より強く不安感を覚えたことに息子自身衝撃で、それほどまでに家族や身内との面会、交流が患者の支えになっていたことを実感したらしいです。

私もそうでした。今までどんなに危ないと言われていた入院の時でも顔を見ると安心していた部分がありましたが、肺の時は電話とかリモートとかでは話は出来るけどやっぱりものすごく不安でした。

そういう意味では、岡山でハプロ移植を受けた時もそうだったんでしょうね。呼ばれてすぐに行ける距離ではなかったから、それだけで息子の不安は大きかったと思います。ただでさえ命の危機に晒されている時だったから。

人を育てる子ども

この前、姉と話してる時に言われました。「蔵之介は人を育てる子やったね」って。確かに小さい頃からそんなに困らされたことはなかったし、病気になってからもその病気を通していろんなことを学ばせてもらえました。
元気だったら見えなかった世界も見せてくれたし、病気と共に生きていく姿をずっと見せてくれました。それこそ我慢強く、辛抱強く、しんどい事があってもそれを飲み込んで笑って過ごす姿を。

次々とけっこう大変な病気を宣告されても「なんで僕だけが…」とか落ち込んだり腐ったりせずにそれらを全て受け容れて笑っていましたから。

息子が病気を通して教えてくれたこと、見守って来たからこそ見えたものを少しずつnoteに書き綴っていって、今、まさにその渦中にいて大変っていう方たちに少しでもお役に立ててもらえればいいなという気持ちでもうちょっと続けていきたいと思います。

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