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初めて一人で税務調査に行く!
自分1人での初めての調査は、緊張と興奮とで軽くパニックになっていました。緊張をしていて、文字通り視野が狭くなっていたのでしょう。社長の顔も事務所の様子もほとんど記憶になく、ただ自分の座っていたのが緑色の椅子だったのと、その椅子の前の帳簿を置いていたテーブルが白かったことはぼんやり覚えてます。ただ、F上席の言われた通り社長の話をよく聞くように心がけました。緊張で何も分からないけど、話を聞いていれば何かわかるのではないか。それだけが頼りだったのでしょう。
F上席が「よく話を聞け」と言ったのは、概況聴取をよくするように、という意味で言ったのでしょう。概況聴取とは「会社?どんな感じですかね。景気良いですか?」みたいな世間話の延長のようなものから始めて、取引先との関係や社内の体制、業界やその会社の取り巻く環境などを聞いていくことです。調査官は軽く話をしているようで、実際は「この会社はどんな会社なのか」あるいは「この社長はどんな社長かな」という考えながら会社のイメージを固めていきます。
「ええっと、こちらの会社では、どんなものを作っていらっしゃるのですか」
「車の部品ですね」
「車の部品なんですね…どんな車の部品ですか」
「それは…いろいろあります。ええっと〜」
といろいろ説明されたけど、何言ってるかさっぱり分からない。車の部品に何があるかわからないし、そもそも車にあまり興味がない。だから、それ以上突っ込めない。
新人には興味のある分野の仕事をやらせるって聞いたことがあるけど、統括は何か思い違いをしているのではないか。社長の話に適当に相槌を打って「はぁ」「ふ〜ん」と、さも聴いている風を装っているけどまるで話が理解できない。多分、僕に何の知識もないことは社長にもバレている。話し始めてすぐに、もうわけがわからなくなった。
方針転換をして、売上を聞こう。
「売上先はどんなところでしょうか」
「うちのような会社は、下請けの下請けみたいな会社ですから大きいところとは直接は取引できません。申告書の売掛の明細を見ていただければ分かると思いますが」
「あ、そうですよね〜」
そりゃまあ、見ればわかるよな〜あとなに聞けば良いんだろう、仕入れ先は?って聞いても申告書にありますって言われちゃうしな〜。
「従業員は何人くらいですか」
「古くから使っているのが二人と最近入ったのが二人、でもなかなか居着いてもらえなくて、すぐやめちゃうんだよね、今の若い人は」と言いながら、社長は僕をジロリとみる、確かにおじさんばかりで僕が圧倒的に若い。
「はあ」
「源泉の方は、うちの事務所でつけてますから。何でも言っていただければ用意しますので」と税理士事務所の事務員が、うちは協力的ですよとアピールしてくる。
あと何聞くんだ?何を聞けば良いんだ?先輩方には「物、人、金の流れを押さえて聴け」って言われたけど、じゃああとは「金」だな。
「ええっと、決済は…」
「振り込みです」
「振り込みですか〜なるほど〜」なるほどもクソもない。振り込みの何に関心してんだ?
もう何聞いたら良いか分かんなくなっちゃった。
Fさんのようなベテランの調査官ともなると、概況聴取の段階でどこに脱税が潜んでいるかわかってくるのでしょうが、僕にはそうはいきません。新人の僕には効果的な概況聴取をするにはあまりにも経験が少なかったようです。税務署では一般的に「すぐに帳簿を見るのはダメな調査官」と言われますが、早速目の前の書類を見るようになってしまいました。それでも、経理書類を見るようになっても、分からない事はなんでも聞こうと心に決めていました。
とりあえず手に取ってみた納品書の控えを見る。納品書とは製品を売上先に納入するときに製品と一緒に相手に送るもので、ここには納品書の控えがある。基本的には納品されたときに売上になるんだっけ?そう思いながら納品書の控えを見てみると、GBHー〇〇といった記号のような製品番号。これがどんな製品か全然わからない。何でも聞かなきゃ。
「このGBHなんとかっていうのは、どんな製品なんですか」
「これはですね…ええっと…物が今あったかなぁ、設計図だったらあると思うので持ってこさせますね」
「はあ」
社長は工場に内線電話で連絡をします。
「税務署の方が持ってきてくれっていうからさ、あれ設計図まだあったっけ?探して持ってきて」
この辺から、社長は僕が新人であることに気づいたかもしれない。この調査官は新人で、質問に要領を得ないから時間稼いでやろうと思っている。
当人の僕としては、本当はざっくりどんなものを製品として売っているか知りたかっただけなんだけど、面倒くさいことになってきた。
軌道修正しなくては。
「この納品書は売上にどう計上されてますか」
「日々の納品書は月末にシメて請求してますから、その月の請求書に上がってます。入金は翌月の〇〇銀行に入っているはずです」
「はあ〜なるほど〜」と言いながらよく分かっていない。シメって何?区切りってことらしいけど。
「じゃあ、それはどの請求書ですか」
税理士事務所の事務員が請求書の入った段ボールをゴソゴソやりながら、請求書の控えの束を出してきた。それを見るとその月の、その売上先に対しての請求金額が書いてある。
「この中に含まれているってことですね」
「そうですね」と税理士事務員。当たり前だろうという顔をしている。
「ははあん」僕は関心しながら、その月の納品書全部取り出して、請求書と見比べ出した。この納品書は載ってる、これも載ってるといちいち突き合わせてみて、なるほど全部載っている。
「なるほど。つまりは月々の納品書を合計して、請求しているのですね」
「はい、そうですね」
と言いながら、この調査官はこんな当たり前のことに何を感心しているのだろう、と税理士事務所事務員は訝しがる。社長はあまりの低レベルな質問に相槌を打つ気力もなくしてポカンとしています。
少し細かい話になってしまったので、なぜ社長が税理士事務員がポカンとしていたかというと、要は納品書の合計が請求書になる、というだけの話、つまり「1たす1は2ですよね」って話に感心している。単に下のような会話をしているだけなのです。
「では、1を見せてください。あ〜これが1なんですね〜。ん〜なるほど。で、この1はどこにいくんですか?」
「1たす1は2ですから、当然ここの1と一緒になって、こちらの2になっています。」
「ははああん、なるほど、1と1が合計されて、ここの2になるんですね〜、はは〜ん、これが2か〜」
「そうですね、2になります」
「だから『1たす1は2』なんですね〜」
「そうです、1たす1は2です」
あまりの無知ぶりに、今から思い出すとほとんどコメディです。会社では経理担当が納品書をまとめて請求書を書いて取引先に請求し、翌月の入金を確認しています。税理士事務所は、経理担当が記載している売上台帳や銀行口座で確認しながら、売上として経理しています。日々会社が行っている当たり前の経理を追っているだけなので、経理担当や税理士事務所のミスがない限りは間違いが無い。ほぼ間違いがあり得ないところを、僕1人で感心しながら集計したりしているのです。だから社長や事務員はポカンとしていたのです。
でも、本人はそれなりに一生懸命なので、周りの反応を見ている余裕はありません。初めて自分で請求書や納品書を見て、何かやっている気がして楽しくなってきました。初めての調査は寝てるうちに終わり、二回目の調査は医院だったので、そもそも納品書や請求書をまともに見るのは初めてです。「これが納品書か〜」と感心しながら、納品書の数字を合計して請求書と見比べてみたり、請求書と売上台帳や総勘定元帳とを見比べて、いちいち納得しています。当たり前の経理の流れすら分かってないで、説明を聞いているだけでいちいち新鮮で、新人の僕は「へえ〜そうなってるのね」と感心していました。
たくさん調べて調べまくったら何か見つかるかも知れない。帳簿の世界へ第一歩を踏み出した気持ちです。ワクワクします。
調査は一日目が終わりました。税務署に帰り、その日一日何を見てどういう結果になったか、上司に報告です。これを復命と言います。
「今日は、納品書と請求書をみてきました」
「うん」
「明日は経費関係も見てきます」
「はい、頑張って」
「はい」
本来は、こんな会社でこの辺が気になるので、何と何の書類を何年分遡ってみたけれどダメでした、とか会社のイメージをとらえて、本人なりの調査のポイントを押さえて報告するのだけど、これでは何も絞れていません。ただ、ざらっと請求書を何の想定もなく眺めてきただけ、という報告です。でも、統括は期待もしていなかったのでしょう、何も言いませんでした。