税務署の先輩達
僕の配属された法人課税第二部門の先輩職員達です
筆頭上席調査官として超ベテランの職人肌の48歳、F上席調査官がいます。この方は僕の指導担当にもなります。色黒でずんぐりした体躯でどっしり座って仕事をしてますが、いかにも現場にでる調査官という感じで静かな落ち着いたたたずまいのなかにも精気に溢れていて、仕事が出来るオーラが滲み出ています。親しみやすいところもあってよくも冗談も言うのですが、しゃべると方言丸出しで、たまに言っていることが分からなくてとりあえず笑っておこうという時もありました。調査能力は超A級で他部門のベテラン調査官からも一目置かれる存在です。他の調査官が思いつかない隠れた書類を見つけてきて、誰も思いつかない切り口から脱税を見ぬく、急所をズバッと一刀両断、居合斬りのような鮮やかな調査をする方です。納税者や税理士を税務署に呼び出して話をすれば、低いドスのきいた声でボソボソと喋り、パーテションの隙間から覗くといつもとまるで目つきが違い、目が据わって瞳孔が開いている感じです。ものすごく怖い空気が漂ってました。税理士や納税者から見たら怖い上席調査官ですが、家庭では普通の家族思いの優しいお父さんです。ご子息の話をよくしてくれましたが、そんな時は目が細くなって優しい顔をしてました。口下手ですがとても優しく、僕が言いにくそうに「あの〜」と質問しかけると、「ん?何だ?」と椅子をくるっと僕の方に向けて、話を聞いてくれます。仕事の教え方も彼の調査のやり方同様で、細かい事は言わず重要な事をポイントをズバッと押さえて教えてくれます。上司のM統括とはあまり仲が良くなく、たまに言い合いになると新人の僕が間に挟まれてオロオロすることもありました。
それから僕の相談役のI上席調査官、良い人なんだけど独身の38歳。相談役とは、新人がなんでも相談事を話せるように、歳の近い話し相手になるようにと設置されているようです。Iさんは相談役に相応しくとても優しくて穏やかで話しやすい先輩でした。でも、38歳独身。こんな良い人なのになんで結婚しないのだろう。確かに、今どきでないというか、流行を追わない独自のファッションだったっりしますが、間違いなく良い人です。なぜ結婚しないのかなと思っていたところ、間もなくわかりました。
ある時聞かれました。「セニョール君さ、パソコン詳しい?」
「いや、僕もあんまり詳しくないんです。どうかしたんですか」
「家のパソコン壊れちゃってさ、困っているんだよ。大切な画像がたくさん入っているんだ」
昔なので記憶媒体はパソコン内のハードディスクがメインの時代でした。
「大切な画像ですか?」
「うん…」
言いにくそうなので追求したら、Hな動画がたくさん入っているパソコンを直せないかという依頼でした。若い新人ならなんとかしてくれるのではないかと思ったみたいです。
「俺の青春が入ってるんだ!」
パソコンは壊れても良いから記憶媒体だけでもどうにかしてレスキューして欲しいと懇願されました。僕がパソコンに詳しくなくて本当によかった。先輩の家に行ってエロ動画の復旧をするなんて悲しすぎる。その趣味は女性には厳しいな。うーん、残念です、先輩。
でもI先輩だけでなく、税務署には仕事のできる人の良い独身の男性が多くいました。税務署員というと結婚相手としては申し分ないので、ある年齢までは周りがお見合いのようなものを持ってくるのですが、でもこういう人は欲がない、恥ずかしがり屋の控えめな性格の人が多い。お見合いも断ることが多く、I先輩だけではなく「こんな良い人なのにもったいないな」と思う人がたくさんいました。