見出し画像

社長が出す書類を見たって脱税は見つからないぞ!

 さあ、困りました。五里霧中です。どうしたら間違いが見つかるか分からない。またもや困り果ててF上席に泣きつきます。
「Eさんの言うように、よく社長の話を聞いたつもりなんですけど、間違いが見つかりません。全部載ってるんです。納品書見ても請求書見ても、全部売上に載っているんです」
「それはなぁお前、載っているものを見つけるんじゃなくて、載ってないものを見つけるんだぞ。社長の話と食い違うものは無いかって探すんだぞ。そりゃお前、社長が持って来た書類をバカ正直にいくら見たって載ってるに決まっている」と苦笑いしながら教えてくれました。
 『載っている』とは、正しい売上に計上されているという事です。調査官がまず考えるのは、売上の除外です。特定の売上先の売上を計上しなかったり、特定の商品を売上に計上しない事を「売上除外」と言います。分かりやすくいうと、社長が会社の売上をネコババしたという事で、市民感覚での脱税と考えて良いでしょう。こういった売上除外は、Fさんが言うように税務調査で提示された請求書を見ても見つかるはずはありません。社長が脱税の見つかる書類をわざわざ持ってくる事はないからです。
「脱税をするのは社長だ。従業員じゃない。だから従業員が記録した物はとりあえず正しいと言える」
「従業員が嘘をつくことはないんですか?」
「それがあったら横領だ。横領見つけたら社長に感謝されるかもな。でも、それも無くはないが稀だ。基本的には社長が税金をごまかしたくて嘘をつく」
「まあ、そうでしょうね」
「いろんな場所に従業員がつけた記録が残っているはずだ。材料を仕入れば発注時の記録があるあはずだし、製造すれば作業日報があるはずだ。製品が完成して出荷前に社内で検品をすれば検品した記録があるはずだ。社内には製造管理や内部牽制上、いろんな記録が残っているはずだ。期末の棚卸だって数が多ければ手分けして従業員みんなでやるんだ。だから必ず従業員がつけた記録があるはずだ。その記録は正しいのだから、それと申告書の棚卸や売上と付き合わせれば良い」
 なるほど、やっと調査のやり方がわかりました。
  その後はF上席が言うように「社長が持ってこない、従業員が書いた記録」を必死に探します。そのために工場などの現場で書類を探さなければなりません。税務署では、これを「原始記録」と言います。原始記録とは、仕入の発注記録や製造記録、製品が出来上がった時にできる検品のリストなど、業務上発生する一番最初の現場の記録です。
 それ以来、工場や事務所など現場を這いずり回って、何か良い原始記録がないか探すようになりました。「社長のメモ帳も見せてください」と言って確認したりもしました。「そんなところまで見るんですか?」と呆れられたり「そんなものを見ても何もでやしませんよ」と嫌味を言われる事もありました。
 それでもめげずにがんばりましたが、売上除外など悪質なものがしょっちゅう見つかるわけではありません。大多数の人が真面目に税金を計算して納めているのも事実です。統括に「間違いが見つかりませんでした」と報告することが増え、M統括の顔はどんどん渋くなります。

いいなと思ったら応援しよう!