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何も見つからない!どうしよう!

 初めて1人で調査した1日目は、きっと興奮していました。ドキドキしながら調査をして、初めて見る帳簿の世界に舞い上がっていたようです。
 2日目の調査では、最初こそ前日と同じように感心したりウキウキしながら「面白いな〜」と帳簿を見ていましたが、だんだん興奮が冷めて冷静になってきました。冷静になってくると自分のやっている行動を客観的に見えるようになってきました。あれ、僕は何をしてるんだろう?感心している場合じゃない。なんか見つけなくちゃいけないだよな。そう思って書類を見直します。

 「おかしいな」
 何をどう見ても載っています。「載っている」とは、会社の売上に計上されている、正しく経理されて税金の計算に反映されているという事です。昨日から、いろんな請求書、納品書を引っ張り出しては聞いてみましたが、全部正常に経理されているのです。昨日今日と、何も見つかっていないのに同じものばかり見ている事に今更気がつきました。
 そんな筈はない。だんだんと自分がまるで見当違いのところを調べているような気がしてきましたが、かといって他にどこを見て良いかも思いつかないので、とりあえず目についたものを質問し続けます。質問しても、すぐにそれが正しいことが証明されてしまいます。巨大な山の中心には宝が埋まっているのに、全然見当違いの方向を掘っている気持ちになってきました。
 ベテラン調査官になると経理処理の流れを聞いている段階で、「やべ、この会社は真面目そうだ」とか分かってくるので、そうなれば「ダメそうだけど、一通りちゃんと見ないとな」なんて感じて、ある程度出ないことを予想しながら、そういった心づもりで調査することもあるのですが、その時の僕は「よ〜く話を聞けば、自ずから増差が見えてくる」というFさんの教えを頭から信じていたので、「聞いても、聞いても何も出てこないじゃないか〜話が違う!」とパニックになっていきます。

 おかしいな、なぜ何も脱税が見つからないんだろう。自分なりにはFさんに言われた通り、社長の話をよくよ〜く聞いているつもりなのですが、何も間違いが発見できません。Fさんの話だと『自ずと間違いが見えてくる』はずなんだけど何も見えてこない。
 もう2日目も昼頃になりました。通常であれば2日目の午後には、「ここが間違っているのではないでしょうか」って指摘しなくてはいけないのに、まだ何も出て来ない。
「もしかして、やばくね」
 頭を抱えながら、ファミレスで昼食をとります。

 それなら経費関係かと、気持ちを切り替えます。2日目の午後になって、経費関係を調べ始めました。税務署では売上除外を見つけるのが一番偉くて、経費での間違いを見つけるのはそれほど偉くはないのだけれども、もうそうは言ってられない。
「総勘定元帳ってどれでしょうか」
 いまさらかよ
 総勘定元帳とは売上や経費が何月何日にいくら発生したか、を書いてある帳簿で大きい辞書くらいの大きさになる。これらの各項目の数字が申告書に記載されるので、いわば申告書の元になった書類です。それまでは売上の納品書、請求書や帳簿ばかり見ていて、経費関係を一切見ていなかった。そんな大事な申告書の根幹になる総勘定元帳を二日目にして初めて見る。全くもって良い度胸です。

 調査の矛先を経費関係に変えましたが、質問するたびに正しく経理されていて凹みます。「もしかしたら、これは間違いではないかな?」そう思って少し期待して質問をするのだけど、正しく処理されている。それをなん度も繰り返すと、だんだん質問するのも精神的にキツくなってきました。でも諦めるわけにはいかない。何度も聞いて全て正しく経理されていて何の手応えも無い。「今度こそ」と聞いても「また、ダメか」の連続で精神的に参ってくる。そんなことを2時間もやってると、もう疲れてしまってぐったりです。
 聞かれる会社側も大変だったでしょう。新米調査官が当たり前の質問ばかりしてくるのです。あまりに当たり前のことを聞くので、聞かれる方もしんどいし「この調査官は何もわかってないな」と思ったでしょう。実際、僕は何も分かっていませんでした。
 本来税務調査とは、社長といろいろ話しながら「この社長のこの性格なら、ここを操作しているかな」と脱税の想定をして仮説を立てて、その仮説が当たっているかの確認のために帳簿を見ていくものです。脱税スキームの想像できていない新人が、何の想定もなくやたらめったらの盲打ちのような感じで帳簿を見ている時点で、もう終わっています。


 何度も聞いて、何をみても、何も見つからない。何度もパンチしては、何も効かない、なんの手応えもない。これはどうだ!あっダメだった。ではこれはどうだ!ええっこれもダメ?、ではこれこそなにかあるでしょう?これもダメなんですか。
 これを何度も繰り返して、期待しては打ち返されの繰り返しです。もう打ち疲れた、完全にヘロヘロです。グロッキーです。もう夢も希望もない、なんの光も見えない。ボロボロです。
 もう無理です。どうしたら良いか分かりません。何も分かりません。
 そういえば、夢十夜の運慶の話でも、結局主人公はいくら掘っても結局仁王は見つけられない話だった。

  会社の大きさにもよりますが、調査は大体2日かけます。納品書や請求書、経費の領収書など、何の要領も得ないまま無軌道に手当たり次第に質問しまくって、2日目の夕方になっても何も見つかりません。聞くのも疲れて、総勘定元帳の経費の項目をパラパラめくりながら気になったものを散発的に質問していました。
「社長、これは?」
「セニョール君!いいの見つけたね〜」と社長ではなく若い税理士が鼻で笑いながらながら、褒めてくれました。税理士の最大級の皮肉です。新米調査官がバカみたいな質問ばかり続けているので、すっかり馬鹿にしていたのです。
 偶然経費科目中に給与性の物が見つかったようです。二日目で頭もフラフラでグロッキーになっていたので、怪しいとか怪しくないとか、判断もできないで適当に聞いただけでした。見つかっても、それがなんでダメだかもよく分からず、「源泉がかかるね〜」と税理士に言われて「そのようですね〜」と答えるのが精一杯でした。
 10万円に税率かけて一万か二万円くらいの源泉所得税が発生です。法人部門の調査では、法人税や消費税の間違いを見つけられる事が求められ、源泉所得税はオマケです。調査の仕事としては何の評価にもなりません。税務署員になって初めて見つけた税金の間違いなのに、もう内容も何だったか忘れてしまいました。それ程どうでも良い間違いです。
 ヘロヘロになって税務署に帰ります。結果が出てないので誇らしい気持ちもありませんし、深度のない調査で手応えもなければ充実感もありません。帰って報告すると、統括は期待はしていなかったでしょうが渋い顔をします。
 「そうなんだ。やっぱり税金取ってこなきゃダメなのね、評価されないのね」
今更ですが、税務署は税金をとってなんぼの世界だ、という事がわかりました。

 税務調査で間違いがないということは、納税者がきちんと申告していたという事で本来望ましい事なのですが、税務署は、自身を調査機関であると自認している組織です。税務署の世界では、何も見つからなかったということは調査能力が無いということになります。

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