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「どこ調査してんのよ!」怒られる税務署員の僕
調査した医院では「シーツ代」となって消耗品費として経費計上されていましたが、本当にシーツ代なのか怪しい。本当にシーツ代かどうかは、取引内容を確認しなければ分かりません。そのため、翌日シーツを買った3店に調査に行くことになりました。このように調査対象の会社で不明な点があり、その取引先に事実関係を確認しに行くことを反面調査と言います。あらかじめ前もって連絡すると医院側と示し合わせて嘘をつかれる可能性があるので、今回は事前の連絡はしないで、いきなり予告なしで臨場することにしました。
税務署にいきなり来られると、当然ですが相手は緊張します。要らぬ摩擦が生じてトラブルになると困るので、かなり下手に出てプレッシャーをかけないように注意します。
1件目に行ってみると、町はずれにある普通の布団屋でした。入り口は小さく奥は比較的奥は広そうだ。入り口のあまり綺麗でない看板は「〇〇寝具店」となっていて、見るからにシーツを売っていそうな店です。
「こんにちは。税務署から来ました、私『せにょ』と言います」
長屋ような間口の狭い店の入り口立って声をかけると、奥から中年の女性が出て来ました。
ところが女性は出てくるや否や
「何!何なの!」
と、のっけから喧嘩口調です。
今更ですが、僕の本名は『せにょ』などとふざけた名前ではありません。きちんと名前を名乗り、丁寧に挨拶もしています。だから、自分は失礼な行動はしていない。調査権限もあるので法律的に正当性はある。だから、自信を持って再度お願いしました。
「取引先の〇〇医院さんの関係で書類を見せていただきたくて参りました」
「うちは何にも悪いことしてないよ!何なの!」と女性は食い気味で反論してきます。目を見開いて、まくし立てます。
まずい、興奮している。落ち着いてもらわないと。
「いや〜、あの〜こちらの調査ではなくて〇〇医院さんとの取引を…」
「そんなことは、うちには関係ないって」
困った〜。関係あるんだけどな〜。直接取引してるんだから。これでは話が通じない。困った。落ち着いてくれないかな。何もこの店の税金を取るって話じゃないんだって。僕は帳簿がみたいだけなんだ。調査している医院にシーツを売っていることが分かれば良いんだ。
興奮しているのは怯えているから。それはそうでしょう、いきなり税務署ですってこられたらビックリする。それはそうなんだろうけど、見せてよ、帳簿。
何度かやり取りをしているうちに、おばちゃんが言い出した。
「あんた!どこを調査してるか分かってるの!うちの息子は財務省の役人だよ!あんたの将来に関わるよ!」
税務調査をしてると、いろんな脅しがあります。でも基本的には何とも思わない。
脅す場合は、その人が信じる権威を出してくる。ヤクザが好きな社長は「俺はヤクザの知り合いがいる」と言ってくるのです。そんなこと言われても、こちらは「は〜そうですか〜」とヘラヘラしながら「税務署相手に組の名前出せるのか?あ?」と思ってる。
学歴大好きな医師夫人に「医院長は東京大学医学部卒よ!」と言われても「でも、僕達税務署には大学名なんて関係ありませんから!全然!」とか思ってます。口に出すと面倒くさいので言わないけど。
だから、色々言われても何とも思いません。今回は「息子が財務省の役人」ときました。財務省とは、税務署の上の国税局の、そのまた上の国税庁の、さらに上の組織。というか最高官庁。でも「だから何なの?」と言いたい。嘘か本当か知らないけどどうでも良いです。そんなのこの調査には関係ないし、税金の計算に影響するものではない。僕にはこの寝具屋さんを調査する合理的な理由があって、礼を失する事なく丁寧に説明し、調査に対して理解を求めているので、財務省の役人の偉い息子がいたって、僕の調査に文句を言われる筋合いはない。
それに、見るからにここは普通の布団屋さんで、医者に売っているのは本当にシーツなんでしょう?見れば分かるよ、布団しか置いてない店だ。僕が本当に気になるのは高級婦人服店の方で早くそっちに行きたいんです。この状況での僕の本音は「お願いだから帳簿を見せて、確認させて、それですぐ帰るから」と思ってます。だから、必死に女性を刺激しないように気をつけました。でも、一度感情的に盛り上がってしまうと、なかなか抑えることはできません。
「見せていただけませんかね〜」
「ダメ、見せない!」
ああ〜ん、もう!
その後も社長の奥さんと推し問答を繰り返しましたが、なかなか落ち着いて話ができる状況になりません。でも反面調査ができるのは今日しかありません。明日はまた別件の調査が入っています。今日中にこの件に関わる3箇所の反面調査をこなさなくてはいけないのに、こんな真面目な会社に時間をかけるわけにはいかないのです。
この女性の夫である社長が不在で書類を見せてもらう了解がとれないのと、そもそもあきらかにシーツを売っている店なので裏工作はされないと判断して、社長が帰ってくる2時間後に再度伺うことにしました。仕方ないので、急遽変更して2件目の布団屋に車を飛ばして急ぎます。そこも普通の寝具店でした。普通にシーツを売っている事を確認して、再度大急ぎで車をとばして2時間後に「息子が財務省」の布団屋に戻りました。
今度は社長が出てきました。奥さんとはうって変わって、穏やかなおじさんでした。
「さっきは妻がすまんかったね〜。息子に聞いたら『協力してやれ』って言われてさ〜」と頭をかきながら、ちょっと罰が悪そうな感じです。あら、息子が財務省は本当だった。
「いえいえ、こちらこそ急にお伺いして申し訳ありませんでした。内容が確認できれば、すぐに帰りますから」
その後は非常に協力的に書類を確認させてもらい、正当に「シーツ代」である事を確認しました。
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