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町医者夫婦の年収、2人で1.5億!?

 税務署員になって半年、工場の現場で原始記録を漁っても、経理書類で期末の取引を精査しても、なかなか脱税の発見には至らない。
 しかし、転機は来た。
 その調査法人は医療法人だった。開業してすぐ法人になって7年目で、これまで税務調査の実績はなかった。一般的に税務調査は法人になって7年目までには行われる。税務調査で脱税が発見できても、税務署が税金を取れるのは7年までで8年以前分は時効のようになってしまう。だから税務署としては、法人になって7年以内には税務調査をする必要がある。これまで調査をしていないので税務署側にはこの医院の実態はわからないが、申告書でも特に怪しい点はなかったので放置されてきた。怪しくは無いけれど、7年経つからとりあえず行ってこようというわけだ。新人の僕には、こういった会社が割り振られる。
 税務署からみて医者は儲かる職業だ。「医は仁術」であるはずの医業を「儲かる」というと聞こえが悪いが、税務署員は職業で区別はしない。医者であろうが他業種と同じように、申告書の数字でしか判断しない。医者の年収は厚生省の統計上は勤務医1500万、開業医2700万くらいとある。この統計の数字はアルバイトばかりの勤務医を入れたり、法人化していない医者もあるからか、実際はもうちょっと貰っている医者が多いと感じる。うん十年前の僕の税務署時代の記憶では、勤務医では大学出たばかりでも1200万、経験を積んだ勤務医は2000万くらいだった。開業医は法人化しているような医院は4000万くらいが平均的だったかと記憶している。評判が悪くて誰も行かないような、ボロくて看板も曲がっているような医者でも役員報酬が2000万くらいあった。この役員報酬2000万は税務署的に見れば結構な数字だ。製造業などの他業種では、かなり儲かっていないと役員報酬2000万は出せない。だから僕は少し不公平を感じてしまうのだ。「あんなボロい医者でもそんなに貰っているのか」と驚いてしまう。
 だから最初にこの法人の申告書を見た時は驚いた。役員報酬が夫婦2人で1億5千万とある。これまで見た医者の役員報酬はせいぜい4000万程度。それなりに大きい病院の医院長でも6000万位だ。2人で1億5千万、これはかなり儲けてるな。野球選手レベルじゃないか。どんな生活してるんだ。何を考えて生きているんだ?
 役員報酬の高さに驚いたが、実は当時新人の僕には気がつかなかったポイントがあった。それはその医院が内科を看板にしていた事だ。新人の僕はよく分かっていなかったのだが、内科医として2人で1億5000万は破格に高い役員報酬だ。これが耳鼻科ならまだ理解できる。耳鼻科医は腕の良し悪しが患者にも分かりやすい。耳鼻科にかかる患者は慢性的に調子が悪くて、常に良い医者を探す。腕の良い耳鼻科医だと症状が軽くなり、それは患者自身にも自覚しやすい。「あの先生にみてもらうと調子が良い」と噂が広まり、腕の良い耳鼻科医院には患者が集中する。耳鼻科医院は予約がパンパンになる医院と、待合室がいつもガラガラな耳鼻科医院に二分される。予約パンパンの患者の多い耳鼻科医だと年収1億くらいいくようだ。
 ところが、内科医はそうではない。風邪をひいて内科に行ったら、とりあえず薬をもらって快方を待つ。治ってしまえば、それが医者の見立てが良いのか、薬が良かったとか、そういうことは考えない。患者にとって内科医とは、それなりに印象が良くて普通に薬を出しれくれれば良く、腕の差はわかりにくい。よって内科では特定の医者に患者が集中する事はなく、割と満遍なくどこの医者もそこそこ儲かる。内科医でそこそこ儲かって4000万くらい。それより上はなかなか難しい。そんな中、この医院では二人で1.5億。内科医として突出して儲かっているというわけだ。
 年収一億5千万の医者夫婦、どんな人たちなんだろう。そう興味を持って調査に臨んだ。当初は脱税を見つけてやろうとは思っていない。金持ちに対する妬みと興味、世間知らずの新人税務署員の調査は、そんなところから始まるのだ。
 その医院は町外れの街道沿いにあった。近年の田舎は郊外型の生活スタイルになり、車で移動する人が増えた。駅周辺の旧商店街は人通りが途絶えて寂れてくる中、国道沿いには大型のショッピングセンターなどが立ち並んだ。こういったご時世では、旧来の街中より国道沿いの方が医者も繁盛するのかもしれない。官用車で20分ほど車を飛ばすと、ショッピンモールの近くにその医院はあった。近年できた医院の建物は真新しい2階建で、駐車場もそこそこ広く停められる台数も多い。一台ごとの駐車スペースも広めで、ドライバーが女性であっても車を止めやすい。なるほど患者に配慮のある駐車場だ。
 あらかじめ税理士に教えられた通り、医院の建物の裏口に行くと、税理士事務所の担当者が待っていてくれた。慣れた様子でドアを開けて応接室に案内されて、挨拶もそこそこに調査を開始する。


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