小説 2027年のビーンズショップ 夢の途中 第3話 始まり
そのメールは、その翌日の午後突然届いた。
『昨日はありがとうございました。とても参考になりました。一度会って話を聞いて頂きたいのですが。宜しければ電話を頂ければと思います。電話番号は090-××××―××××です。宜しくお願い致します。時間はいつでも大丈夫です。 谷川』
そういえば受講者の中に谷川という人は居た。30代後半の男の人だった様に思う。特別良く質問をしてくるタイプで無かったので、何となく覚えているという感じだった。取り合へず電話を入れてみた。
『もしもし、夜間飛行の山下と申します。先日はご苦労様でした。メール拝見しました。私の方は店へ行っている訳ではないので、日時は大丈夫です。』
『ありがとうございます。それでは明後日の一時にどうでしょう。』
『大丈夫です。』
『場所はどうしましょう。』
『何処でも伺います。』
『それでは恵比寿でどうでしょう。ガーデンプレースの中に宮越屋というカフェがありますので、そこで一時にお待ちしています。場所が分からなかったら電話を下さい。』
『宜しくお願いします。』
と言って電話は切れた。カフェ講座終了後の久方振りの翌日のオファーだった。
2日後、私は少し早めに恵比寿ガーデンプレースに行った。恵比寿ガーデンプレース内の宮越屋は近頃、お客さんとの話によく使う様になった。
宮越屋は都内では銀座8丁目に大きなカフェがあり、新橋店という名称だ。1階が大きなプロバットらしい焙煎機があり、豆の販売をしている。2階がカフェになっている。ただ、全席喫煙可のお店になので始めて会うお客さんを連れて行くとその煙に驚いてしまう事が多い。特に女性は不味いかも知れない。
宮越屋は札幌のお店だ。札幌市内に素敵なカフェを何軒も持っている。特に本店と言われる円山公園の裏の出入り口の傍にある宮越屋丸山坂下店に行くと、カフェが好きな人ならたちまち虜になってしまうだろう。素敵なカウンター席があり、そこで濃い熱いフレンチコーヒーを飲みながら、美味しいケーキを食べる至福のひと時が過ごせるのだ。コーヒーは基本的にフレンチローストで、深煎りの柔らかな味の豆を丁寧にネルドリップしたものを飲ませてくれる。
恵比寿ガーデンプレースの宮越屋で会う時は、少し早い時間に家を出る。混んでいる事が多いのでお客さんと会う時は、席を確保しておかなければならないからだ。私だってその位の気は遣うのだ。
谷川さんは時間きっかりに現れた。私は5分程前に店に入ったが、その前に店のまえの椅子で10分ほど待たされた。やはり早めに来ていて良かったのだ。私はもう席に座った時にフレンチブレンドとイチゴのショートケーキを頼んでいたのだが、谷川さんはケーキはいらないという事で、フレンチブレンドだけを頼んだ。
『日曜日はありがとうございました。』とまず私が言った。
『とても面白く為になりました。自分一人で焙煎が出来るかどうかとても不安だったので、どうした物かと思っていたのです。』と谷川さんが言った。『さっそくですが、今日お話を伺いたかったのは、日曜日に山下さんが、こういう選択肢もあるよと仰っていた話なのですが。』
『ああ、あのベッド&ブレックファーストの小さなホテルに自家焙煎のカフェを付けるのはどうかという話ですか。』
『そうです。実は私も同じことを考えていまして、そのお話に強く惹かれたのですが。』
私はもう長い事小さな自家焙煎コーヒー豆店の開店で指導をやっている。スモールビジネスの代表的な物だ。でも時々その変形としての面白そうな仕事を思いついたときに、その都度、その話をさせて頂いている。
今回は一階に自家焙煎のカフェを造り、2階に3~4室のツインの客室を付けるミニホテルの話をした。
勿論、都内の普通の商業地や住宅地の自家焙煎の豆屋に、カフェを付けるのは意味が無い。まず大きな店を借りなければならず、カフェになってしまえば大抵の場合、豆は売れなくなってしまう。
自家焙煎の大きなカフェだけが残る事になる。家賃は嵩み続け、長く経営するのは困難だろう。でも仕事はいろんな局面をもっている。それを何処か地方のリゾート地でやった場合、ベッド&ブレックファーストの3・4室の稼働率がどの位になるのか分からないが、やり方によっては不可能では無いはずだ。私は昔からベッド&ブレックファーストのミニホテルには強い憧れを持っていた。ペンションや民宿等とは違い、家族的な等という言葉と全く違う、もっと自由な旅の楽しみ方を作る仕事は出来ないか。そうしたら、新しい旅の楽しみ方はもっと可能になるのでは無いだろうか。
その時問題になるのが、1階にある(別に同じ階でも良いのだが、建物が小さな場合は1階がカフェ、2階がホテルというパターンが多くなるのでは無いかと思う。)カフェの問題だ。
ここで出すコーヒーが何処でも飲める普通のコーヒーだったら、お客の気持ちにそのカフェは残らないだろう。まず自家焙煎の濃い、柔らかな、優しい味のフレンチコーヒーをヨーロッパの素敵なカップに入れてお出しする。
朝食は地元でとれた新鮮な野菜サラダを沢山食べてもらう。そして後は美味しいトーストと卵料理だけで良い。どれも一番美味しい物を目指す。本当に美味しい物だけがあれば良い。ホテルのバイキングと全く違う考えだ。
朝、ゆっくり旅先で本当に美味しいコーヒーを飲む等と言う贅沢な時間を味わったお客は、多分、もう一度泊まりに来てくれるだろう。
それには、自家焙煎が、一番インパクトがある。勿論、美味しい自家焙煎の豆屋から豆を取っても良いのだが、ホテルのカフェの店内の見える場所で主人が焙煎していたら、お客は何倍も喜ぶ筈だ。
谷川は聞いてみた。『夜はどうするんですか。』
『夜はその町の美味しい飲食店に食べに行ってもらうしかないね。5軒から6軒のその町の美味しい飲食店を調べておき、そこにお願いして提携店になってもらい、谷川さんが予約して、そこまで車で送りだけをやる。
帰りは皆な時間が違うから、タクシーで帰って来て貰うか、散歩しながら歩いて帰って来て貰うのが良いのでは無いかと思う。勿論、コンビニで買ってきたものを、自分の部屋で食べたい人はそれでもよいと思うけど。』
谷川は更に聞いた。『昼はどうなりますか。』
『昼はカフェはやっている訳だから、サンドイッチが一品とパスタが一品、後はトーストが2種類位あれば良いと思うよ。カフェは地元の方も使ってくれるだろうから二、三種類のデザートも必要になると思うけど、ワッフルにホイップクリームとアイスクリームでどうにかなるかも知れないね。ランチの食事は、パスタは簡単な様で難しいから、一品だけ本当に美味しいパスタを考えて作ればいいんだよ。何でも種類だけを増やしても意味はないよ。
地元の人がカフェを使ってくれるようになれば、豆は必ず売れるようになると思う。本当に美味しい豆を売っている店など多分、近所に無いからね。それ以外にも泊ってくれたお客さんが豆を通販で取ってくれるようになる。まず、お土産に100gの豆を無料で付ける事だね。店のパンプレットと一緒に。そのお客さんが、豆が美味しいと認めてくれたら、必ず注文してくれるよ。そして、再び泊りにも来てくれる。』と私は言った。
谷川さんは驚いた様だった。
『凄いですね。もうコンセプトは出来ているじゃないですか。』
『まあ、コンセプト言うほどの物では無いけどね。自分で興味があって考え続けて来たんだから、その位は考えてある。』
谷川さんは聞いた。『手伝って頂く条件はどうなんですか。』
『自家焙煎にするなら、普通の開店指導料55万円を頂きます。うちの豆を取ってくれるなら、それで充分です。』
谷川さんの顔が明るくなった。多分これなら出来そうだという事が分かったのだ。
私が聞いた。『お仕事はしていないの。』
『はい。先月会社は退職しました。』
『結婚は。』
『しています。妻がいます。子供はいませんが。』
『それは良いね。一人でやるのは豆屋と違いちょっとたいへんかも知れないから。後は、場所と物件だね。』
と言った後、少し世間話をしてその日は別れた。
第三話終了。第四話に続く
2027年のビーンズショップ <夢の途中> あらすじ 第1話<世界は・・・・>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
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