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民法Ⅱ 19 賃貸借契約の終了:信頼関係破壊の法理

1 AのBに対する賃料不払(2021年1月分から8月分)を理由とする債務不履行解除(民法(以下、法令名省略)541条)によるAB間の賃貸借契約(601条1項)終了に基づく甲家屋返還請求権としての甲家屋明渡請求権(613条1項前段)及び賃貸借契約に基づく賃料請求権並びに甲家屋返還債務の履行遅滞(412条)に基づく損害賠償請求権は認められるか。

2 明渡請求権について

 ⑴ア 当該請求権が認められるには、①賃貸借契約の成立、②①に基づく賃借人に目的物を引渡したこと、③①の契約の終了原因を充足する必要がある。

    本件では、AB間に甲家屋の賃貸借契約が成立しており(①充足)、Aは①に基づいて甲家屋を引渡しがあったことは明らかである(②充足)。

    本件は賃料不払を理由とする債務不履行解除であるから、③が明らかでないため問題となる。

  イ ③の契約の終了原因は、債務不履行解除によるものであるから、賃料債務の発生、債務不履行、催告及び相当期間の経過、解除の意思表示が認められなければならない。

    本件では、Bに月12万円の賃料債務が発生しており、2021年1月分から同年8月分の合計賃料96万円の債務不履行がある。それにより、Aは同年9月22日到達の書面をもって、当該未払賃料を同月25日までに支払わなければ賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をしていることから、催告及び相当期間の経過、解除の意思表示があったと評価できる。

    したがって、債務不履行解除の要件を充足するため、③の要件を充足する。

  ウ よって、当該請求権が認められる。

 ⑵ Bは、Aの当該請求に対し、ⓐⓒの事実を理由とする背信性の不存在の抗弁の主張が考えられ、それは認められるか。

  ア Bは、賃料不払という債務不履行があったというだけで賃貸借契約を解除するのは賃貸人の地位が強くなり衡平でないと考えられるし、1度の賃料不払でも契約解除があり得て賃借人にとって酷であるから、原則として背信性がなければ解除できないという主張が考えらえる。

背信性とは、賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意のことをいう。具体的には、賃料不払の期間、不払賃料合計額、賃借人が不払に至った事情及び不払後の対処、賃貸人の行為態様の有無で総合的に判断する。

  イ 本件でBは、Aに受領拒絶されてから、2020年10月分から2021年4月分まで供託しているためそこまでの賃料不払は認められない。ⓒ事実によると、2021年5月分から8月分の合計賃料48万円が不払賃料であり、その期間は4か月であった。次に、不払の態様はただ支払っていなかったといえる。加えて、契約及び不払に至った事情はAの受領拒絶が考えられ、不払後は、Aの催告期間経過後に48万円について供託するという対処をしている。Aの行為態様は、賃料値上げを要求しておきながら、これをBが拒否すると受領拒否をし、挙句に契約解除を主張するのは恣意的な行為であると評価できる。確かに、Bは4か月分の賃料を滞納していた。しかし、Aの受領拒否があっても、毎月、供託所まで行き、供託の手続きを踏んでいる手間を考慮すると、信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があったとは到底言えない。

  ウ したがって、Bの背信性不存在の抗弁が認められ、債務不履行解除を理由とする賃貸借契約は認めらない。

 ⑶ よって、Aの明渡請求権は認められない。

3 賃貸借契約に基づく賃料請求権について

 ⑴ Bは、Aの当該請求に対し、ⓐⓒの事実を理由とする賃料債務の弁済の提供の抗弁(494条1項1号)の主張が考えられ、それは認められるか。

⑵ 弁済の提供の抗弁は、不払と主張される賃料について、賃借人が弁済の提供をしたことが認められなければならない。

⑶ ⓐの事実において、本件でBは、Aからの値上げを拒否したことは有効である。賃貸借契約は当事者間の意思表示の合致で成り立ち、従来の契約内容で合致しており、新たに値上げという更新をBが拒否した後は、従来の契約内容を継続しても何ら問題はない。そして、Bは、従前どおり12万円をA方に持参提供したところ、Aは、その受領を拒絶した。そのためBは、2020年10月分から2021年4月分まで月12万円の賃料をその都度乙法務局に供託していることから、Bの2021年1月分から4月分の賃料債務は消滅している(494条1項1号)。

 また、ⓒの事実において、催告期間経過後に2021年5月分から8月分の残額の合計賃料48万円について供託しているため、賃料債務は消滅しているといえる。

⑷ したがって、賃料債務の弁済の提供の抗弁が認められるため、Aの賃料不払を理由とする当該請求権否定される。

4 甲家屋返還債務の履行遅滞に基づく損害賠償請求権について

⑴ 当該請求が認められるには、前述する①ないし③に該当する事実を前提とする。そして、④損害の発生が必要である。

本件では、Bの2021年5月分から8月分までの賃料は相当期間経過後まで不払であったため、その際の何らかの機会損失があるといえ、損害の発生はあるといえる(④充足)。

したがって、明渡済みまでの賃料相当額の損害賠償請求権は認められる。

 ⑵ Bは、Aの当該請求権に対し、ⓑの事実を理由とするBのAに対する608条に基づく必要費償還請求権(608条1項)は認められ、Aの損害賠償請求権と相殺(505条1項)することは可能か。

  ア まず、Bの請求が認められるには、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出した時でなければならない。

    本件では、甲家屋につき、Aのなすべき修繕を自らなすものであることが明らかであるため、Aの負担に属する必要費を支出した時といえる。

    したがって、Bの請求は認められる。

  イ 次に、Bの償還請求権とAの損害賠償請求権は相殺できるか。

    相殺が認められるには、㋐両債権が同種の目的を有すること、㋑自働債権の弁済期が到来していること、㋒両債権が相殺禁止に該当しないことを充足する必要がある。

この㋒の相殺禁止債権とは、民事執行法152条に該当するものである(510条)。

    本件では、まず、Bは損害賠償請求権がもとになっているため、法定債権を有している。他方で、Aは、償還請求権がもとになっているため、法定債権を有している。そのため、ABの両債権は同種の目的を有するといえる(㋐充足)。次に、両者は互いに債務名義(民事執行法22条1号)を得た場合は弁済期が到来したものと評価できる(㋑充足)。最後に、ABの両債権は、民事執行法152条に該当するものでないため、㋒の要件を充足する。

  ウ したがって、Bの償還請求権とAの損害賠償請求権は相殺できる

以上

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