音楽家は変人 12

エピソード 12

私と先生は今、市が運営するホールに来ています。
駅前にあって、文化の船をイメージした瓦のような外壁の楕円形の建物です。
建設中は、その建設方法から何が出来るんだろう、と思っていました。
約二十年前に鳴り物入りで作られたホールですが、コロナ以降経営難に陥って、いよいよ閉館することが決定されました。
市のオーケストラもなくなり、著名なアーティストも呼べないとなれば致し方ないのかも知れません。
その閉館イベントに呼ばれた訳です。
ま、先生はギャラが発生しませんから。

ホールの名前は『1000年会館』で、約1000人収容できてコンサートが出来る大ホールと、約300人収容できて、クラシックコンサートに特化した中ホール、約100人収容できる小ホールがあります。
この中ホールで閉館イベントのクラシックコンサートを開催したいと、市の加藤さんから依頼がありました。

「先生、市の加藤さんからお会いしたいと連絡がありました。」
「市の加藤さん・・・誰?」
「ほら、いつかのショッピングモールでのアニフェスの時や、廃校になる小学校の時にお話を持って来てくれた、加藤さんですよ。」
「ああ、そんな名前だっけ?」
「そうですよ。忘れちゃいました?先生は音楽以外の事は、からきしダメなんですから。」
で、後日加藤さんとお会いして伺ったお話が、今回のイベントでした。

「直美君、僕達が呼ばれるのは、潰れる時ばかりだねぇ。」
何も考えずに口にした先生の腰をドレス越しに思いっきりつねりました。
「痛っ!なんなんだよ。」
「分かりました。詳細を伺います。」
私は乗り気じゃない先生を尻目に話を進めました。

ホールの舞台に上がると先生は舞台上を歩きながら何度も手を叩いては耳を澄ませていました。
何往復かしてから、先生は舞台で待つ私と加藤さんの所に戻って来ました。
「いい、ここはいい。」
先生が客席を見渡して言いました。
「音の反射が自然で残響も適度にある。シューボックス型ホールのお手本のようだ。」
先生がこんな風に積極的になったのは、加藤さんの説明のこんな言葉からでした。

「演奏時間は二時間でお願いします。」
「僕以外にも数人の演奏家が登壇するんですよね?」
「いいえ、先生おひとりで二時間演奏していただきます。なんて言うんですか?リサイタルでしたかね。」
先生の顔が眩しいくらいに輝きました。
「二時間、一人で弾きまくれると。」
「そうです、そうです。」
ここぞとばかり、加藤さんか力強く頷きました。
「もちろん、ピアノはヤマハのCFXです。」
この一言が決定打になりました。

イベントの詳細が次々と決まって行きました。
毎月発行している広報誌にイベント開催のお知らせを掲載。
市民限定で入場は無料。
定員200名で応募多数の場合は抽選になると言うこと。
応募は市のホームページにアクセスして申し込む。
抽選の場合ホームページで発表する。
ポスターも作られたました。
バックライトに浮かび上がるグランドピアノを中心に、『ありがとう』の文字。
場所と開催日と開演時間があって、演奏のところに、Liszt Chopin、とだけ書かれた簡素なポスターです。
役所内では、先生を起用する事に異議の声が上がったそうですが、加藤さんが、「もし、万が一の場合、私が全責任をとります。」と大見得を切ったそうです。
そして、極めつけのセリフが、「音楽の本場、ウィーンの音楽大学を主席で卒業された人がタダで引き受けてくれたんです。」
だったそうです。
この一言で決まったそうです。


前半
リスト ラカンパネラ
ホルストの木星
平原綾香のジュピター
戦場のメリークリスマス
タイタニック

他、映画音楽を中心に

後半
初音ミク 千本桜
エヴァンゲリオン 残酷な天使のテーゼ
天空の城ラピュタ
千と千尋の神隠し
ルパン三世
銀河鉄道999
鬼滅の刃 メドレー
紅蓮華、炎、炭治郎の歌、
アニメソングを中心に
エンディングはショパンの英雄ポロネーズ

後日談
「あの中ホールを無くしてしまうのはもったいない。」
こう先生が与謝野さんに言ったのがきっかけで、売却に出されたホールを与謝野さんの所が落札しました。
もちろん、与謝野さんは何度かホールに足を運んで先生の言葉通りか確認したそうです。

ホールは一部を改修して、与謝野さんの所のディーラーのショールームが併設されました。
それに先立って、与謝野さんが先生に言いました。
「ホールの改修工事が終わったら、うちのオーケストラでこけら落としをやります。その際、あなたは客員ピアニストとして参加しなさい。その後、季節ごとに行われる社のイベントに合わせてリサイタルを行いなさい。いつまでもふらふらしていては駄目ですよ。いいですね!ショールームの集客の広告塔になって、少しでも社に貢献しなさい。」
有無を言わさず、の迫力でした。
こうして先生は、年四回、春夏秋冬、1000年会館の中ホールでピアノリサイタルを開く事になりました。

ショールームには、自動車が展示されました。
最高級のセダンからスポーティな2人乗り、ワゴン、小型車、商用車まで、常時十数台の自動車が置かれました。
全て与謝野さんの会社の車です。
私が仕事で乗っているオフロード車は今回の展示からは外されました。
ショールームに改装された旧エントランスは、五階分の吹き抜けになっていて、天井は熱線吸収の強化ガラスで開放感がすごいです。
ショールームの中程の壁際に、ディーラーとホールのカウンターが並んでありました。
ディーラーのカウンターには、与謝野さんの所の外国の女性が、ホールのカウンターには、元々カウンター業務をしていた市の女性職員が出向という形でいます。
全面ガラス張りの入り口を入ってすぐ右には、カフェがあります。
元々あったカフェをショールームからも入れるように改装されました。
廃館になる前に、何度か来た事があるけど、ドリンクとケーキのセットがリーズナブルで美味しくてコスパ最強でした。
ミルクコーヒーとモンブランのセットがお気に入りでした。
改装されても、従業員が変わらないと言うことなので、一安心です。
駐車場は、駅西口の地下駐車場と会館地下の駐車場合わせて約600台です。
なので車で来るには不便かも知れません。
けど、最寄りの駅から歩道橋で直結していて、歩いて5分で来られます。
いまでも不思議なんだけど、この立地でホールに閑古鳥が鳴いていたなんて、信じられません。
今度、機会があったら加藤さんに聞いてみようと思います。

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