NDS chapter1
Nara Deer Section Chapter1
「ここ奈良の南大門前は、今日も観光客のみなさんで賑わっています。コロナ後、海外からの観光客も増えて来ています。」
カメラが周囲をぐるりと撮影する。
アジア系や欧米系、様々な国々からの観光客が映される。
「奈良と言えば鹿、鹿と言えば奈良、と言うように、鹿は奈良のアイドルですね。ほら、あそこ、親子が鹿せんべいを鹿に上げています。奈良公園ではよく見かける光景ですよね。私も家族で来た時にはよく上げていました。もたもたしてると、催促してくるんですよ。では、ちょっと上げてみましょう。」
とスタッフから鹿せんべいを受け取ると、待ってました、とばかりに鹿が集まって来る。
「こうして、帯を解いて、ちょ、ちょっと待って!上げるから。」
鹿の集団に囲まれたレポーター。
慌てて、鹿の口元にせんべいを持って行くと、指までかじりつきそうな勢いでせんべいをかじる。
「あの、子鹿にも上げたいんだけど・・・。こっちおいで。」
言ってる間に、手に持ったせんべいはみるみる減っていく。
「これはちょっと無理ですねぇ。」
子鹿に上げるのを諦めて、全部を近くに来ていた鹿に上げた。
「こうして、せんべいが無くなると、両手を広げて、もう無いことを見せるんですよ。でないといつまでも離れてくれません。ほら、もう無いよ。」
とレポーターは両手を広げた。
手にせんべいが無いことを確認すると、鹿の集団は、あっという間にいなくなった。
「このように、せんべいを持っていないと分かると、一瞬でいなくなってしまうんですね。寂しい感じがしますが。」
レポーターがここまでレポートした時、南大門の方から喚き声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、白いTシャツにジーパン姿の一人の男が、観光客をかき分けるように早歩きで歩いてきた。
男の行くてに立っていた鹿が邪魔だったのか、一際大きな声で喚くと、鹿のお腹を蹴りあげた。
驚いた鹿は、走って逃げ出す。
男は、喚きながら鹿を追いかけて、もう一度お腹を蹴った。
周りにいた観光客は、距離を取って男と鹿の様子を見ていた。
「ちょっと、何よあれ。カメラさん、撮った?」
レポーターがカメラマンに声をかけた
「ああ、バッチリ押さえた。」
「行きましょう、スクープになるかも知れない。」
レポーターは数人のロケスタッフを引き連れて、男の後を追った。
「今の日本語じゃなかったよね。」
「ああ。」
レポーターとカメラマン、スタッフが小走りに追いかける先で、衝撃的な光景に遭遇した。
「あなた、待ちなさい!」
凛とした女性の声がした。
続けて、合成音声の外国語が発せられた。
「〇△☆*∀◇!」
男が振り返り、喚きながら声をかけた女性に掴みかかった。
その直後、男の体が宙を舞うと、鹿の糞だらけの石畳に打ち付けられた。
女性が男をうつ伏せに組み伏せる。
いつの間にか、男性の警察官が二人のそばに立っていた。
女性が腕時計を見て言った。
「午前11時15分、鹿保護条例違反及び公務執行妨害で逮捕します!」
女性は駆けつけた男性警察官に言った。
「ちゃんと撮れてる?」
「問題無い。追いかける直前から余すことなく全部記録出来てる。」
「と言うことで、ご同行願います。ほら、立って!」
石畳に叩きつけられた男は、ゆるゆると立ち上がった。
白いTシャツは鹿の糞まみれになっていた。
逃げようと足掻いた男は、男性警察官に掴まれ微動だに出来なかった。
ここでレポーターをはじめとするテレビのクルーが追いついた。
「これは一体・・・?」
レポーターが誰にともなく言った。
「あなた方は?どこのテレビ局ですか?」
男を投げ飛ばした女性が聞いた。
「あなたこそ・・・。」
とレポーター。
「私ですか?私は奈良県警の警察官ですが。」
とハーフカーゴパンツのポケットから、手帳を取り出し開いて見せる。
「け、警察官?」
名前は、春日 香織。
肩書きは警部となっていた。
この若さで警部?
レポーターは驚きを隠せなかった。
それもそのはず、女性、春日警部の格好が警察官とは見えなかったから。
カーキ色のハーフカーゴパンツに薄いグレーのパーカー、迷彩柄のタンクトップという出で立ちだった。
頭には黒いキャップを被っていてキャップの前には『NDS』と刺繍されていた。
女子高生と言っても通用する春日警部が続けた。
「最近、鹿に危害を加える人が増えてきています。国の天然記念物である鹿を保護すると共に、噛む、蹴るなどの鹿からの被害を防ぐため、取り締まりを行っています。」
そういえば、最近も、SNS上で鹿を蹴る男性の動画が拡散されたばかりだった。
「私達も、鹿を保護するためのPR活動を行っていますが、動画の拡散以降、鹿に危害を加える事案が増加傾向にありますので。」
カメラマンに向かって続ける。
「これはどの辺りから撮影されていますか?」
「レポートが終わってすぐに、男性の喚き声が聞こえたので、すぐにカメラを回しました。」
「と言うことは、犯行の一部始終が写っているわけですね?」
「まあ、そうなります。」
「放送はされるんですね?」
「本日夕方のニュース番組内で流す予定です。」
クルーの責任者であるディレクターが答えた。
「編集時に、私たち全員と確保した男性にモザイクをかけて頂きたのですが。」
「我々にも報道の自由がありますので、善処しましたお約束は出来かねます。」
「強制は出来ませんが、映像を見て私たちの真似をして悪さをする人たちが現れるとも限りません。そうなれば責任の所在も出てきますので、極力善処して頂きたいと思います。」
そう春日警部は言うと、
「では失礼します。」
と私たちに一礼してその場を去って行った。
その日の夕方、関西キー局のニュース番組で、この時の様子が放映された。
スクープの一面もあるので、時間を割いてコーナーとして放送された。
放送された映像には、春日警部が依頼した通りにモザイクがかけられていた。
その部分を補う意味もあって、レポーターが説明をしていた。
もちろん、奈良県警の警察官と言うだけで、春日警部の名前は伏せられていた。