音楽家は変人 15
エピソード 15
空に雲一つ無い晴れた日、私はいつもの家事に勤しんでいました。
気づくと、いつの間にか先生のピアノの音が聞こえなくなっていました。
虫の知らせと言うのでしょうか。
私は胸騒ぎがして、家事の手を止めて先生を探しに行きました。
部屋にも、トイレにも、浴室にも先生の姿は見えませんでした。
ますます胸騒ぎが酷くなって来ました。
サンダルを突っかけて庭に出ました。
ピアノを収めた小屋の近くにも、小屋の中にも先生の姿はありませんでした。
庭を進んで行くと、芝生を刈るロボットが収められた小屋があります。
その小屋の近くまで行くと機械の唸る音が聞こえて来ました。
心臓が破裂しそうなくらいに、脈打ちました。
胸騒ぎは最高潮に達しました。
小屋の近くで先生が倒れていました。
倒れた先生のすぐそばで芝刈りロボットが唸っていました。
「先生!」
私は倒れた先生に駆け寄りました。
倒れた先生を見て、私は頭から水を浴びせられたように固まってしまいました。
倒れた先生の手元で、芝刈りロボットが唸っていたんです。
「先生!ゆび!ゆび!ゆびぃっ!」
私は叫ぶと咄嗟に芝刈りロボットを蹴飛ばしていました。
火事場の馬鹿力と言うんでしょうか。
芝刈りロボットは数メートル飛んで、ひっくり返りました。
裏返って上を向いた底面では、芝生を刈る刃がものすごい速さで回転していました。
「先生、先生!」
私は先生の両手を包み込むように持つと、指を確かめました。
「あ、ううん・・・。」
先生が気がつきました。
「せんせい、だ、大丈夫ですか?」
「あ、直美君。」
「ゆび、ゆび、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんとも無い。」
「良かったあ・・・。」
私は先生の両手を胸に抱きしめました。
ほっとして涙が溢れてきました。
「直美君、何かあったのかい?」
「何かあったのかい、じゃないですよ!先生、何をしていたんですか?」
「いや、天気が良かったから、芝生の手入れでもしようと思ったんだ。けど、こいつがなかなか言うことを聞かないものだから。」
「先生、この子はAIで動くんです。芝刈りに関しては、先生よりも賢いんです。」
「酷い言われようだな。」
「先生、どれだけ心配したか分かりますか?指はピアニストの命なんですよ。万が一怪我でもしていたら・・・。」
そこまで言うとまた涙が出てきました。
「すまない・・・。」
「先生はピアノを弾いていないと死んじゃうんですから、ピアノだけ弾いていて下さい。先生の身の周りのことは私に任せてください。そのために私はここに居るんですから。」
「直美君こそ足は大丈夫なのかい?」
「えっ?」
先生に言われて足を見ると、サンダル履きのつま先から出血していました。
芝刈りロボットを蹴飛ばした時に怪我をしたみたいです。
「君こそ足を大事にしないと、仕事に支障が出てしまう。」
先生が心配そうに言いました。
「歩けるかい?」
「たぶん・・・。」
といって一歩足を踏み出すと、痛みが親指から走りました。
「いたっ!」
「大丈夫かい?」
そう言うと先生は私をお姫さま抱っこしてくれました。
私は自分の体重を知っているので、少しでも先生の腕の負担を減らそうと、先生にしがみつきました。
「大丈夫ですか?」
「なんだい?」
「重いでしょう?」
「うーん、見た目よりは軽いかな?」
「ひどい・・・。」
「そうかい?」
「そうです。」
そしてどちらかともなく笑いました。