音楽家は変人 イントロダクション

イントロダクション (エピソード 1)

食器の洗浄は、業務用の食洗機に任せます。
なので、乾燥が済んだ食器を食器棚に仕舞うだけです。
床掃除は、掃除ロボットがゴミの吸引から拭き掃除までやってくれます。
なので、メインは家具の掃除をやります。
洗濯は、ドラム式の洗濯機が乾燥までやってくれます。
デリケートな下着は、乾燥まで機械に任せずにちゃんと干します。
お風呂掃除は、浴槽は自動洗浄付きなので任せっきりです。
なので、床や鏡、イス、シャンプーやボディソープが置かれてる台などを掃除します。

昼食もテラス席で二人で食べました。
夕食もテラス席でした。
夕食後、食べ終えた食器を食洗機に入れて、テラス席のテーブルを拭いていると、栗鼠人さんが言いました。
「ちょっと、いいかな。」
「はい、なんでしょう。」
「初めてで疲れたでしょう。」
そう言いながら、栗鼠人さんは何かのリモコンを操作しました。
庭に光が灯り、その先に白い小屋らしきものが、ぼーっと見えました。
その小屋が、ゆっくりとこちらに向かって来ます。
「そこの燭台持ってついて来て。」
栗鼠人さんに言われるままに、テラス席のテーブルで食事をしている私と栗鼠人さんを照らしていた、ローソクが三本灯った燭台を持ってあとに続きました。
途中、小屋とすれ違いました。
小屋は思っていたよりも随分大きかった。
先に庭を照らす灯りと私が持つ燭台のローソクの灯でぼんやりと白いものが、夜の闇に浮かび上がりました。
えっ!?
目が暗さに慣れてくると、白いものは、グランドピアノである事が分かりました。
栗鼠人さんは、鍵盤の蓋を開け鍵盤に被せてあった布をめくって、本体の大きな蓋も開けてから、椅子に座りました。
「君の好きな曲は何だい?」
「えっ?」
「君の就職祝いに、君の好きな曲をプレゼントしたい。」
急に好きな曲と言われても、そうそう思いつくものではありません。
途方に暮れて空を見上げると、雲一つない夜空に綺麗な三日月が輝いていました。
不意に絢香さんの三日月が思い浮かびました。
「じゃあ、絢香さんの三日月をお願い致します。」
「うーん、いい曲だね。今夜にピッタリだ。」
そう言うと栗鼠人さんは鍵盤に手を伸ばしました。
三日月では、手元まで月明かりが届かず、ほぼ真っ暗でした。
それでも栗鼠人さんは弾き始めました。
よく、こんな状態で弾けるなぁ、と栗鼠人さんを見ると、夜空を見上げていて、そもそも手元は見ていませんでした。
なんの打ち合わせもしていないのに、空で弾いて行きます。
演奏が進むに連れて、驚きは見た目から奏でられる音に変わって行きました。
いつの間にか、私も夜空を見上げていました。
不意に三日月が滲みました。
頬を涙が伝って行きました。
優しいピアノの音が、私の心に染み込んできました。

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