音楽家は変人 3

エピソード 3

「直美君!、直美君!」
先生が私を呼んでいました。
「はい。」
とテラスにいる先生のところに行きました 。
「忙しいところ恐縮だが、車を出してくれないか?」
「どちらかへお出かけですか?」
滅多に外出しない先生が珍しい。
「うん、花をね。」
「花、ですか?」
「明日、配達して貰いたい花を選びたいんだ。」
「お花の注文でしたら、ネットでもできますけども・・・。」
「いや、自分の目で確かめて選びたいからね。」
「はい、分かりました。では、車乗った準備をして来ますので、ガレージまでいらっしゃって下さい。」
面接の時には運転免許乗った話は出なかったんだけど。

車を色んなお店が並んだショッピングタウンの駐車場に停めました。
平日だというのに、タウンには大勢の人がいました。
車を降りると、その人達が、いっせいに私たちを見ました。
なぜなら、先生は今日は黒いワンピースだし、私はメイドで、とても目立っていたから。
先生は、そんな好奇の視線をものともせずに、歩いて行きました。
私も気にしないようにして、先生の後をついて行きました。
目当てのお花屋さんに着きました。
凄い立派なお花屋さんです。
先生は、お店の中に入って行きました。
お店には、私のお母さんくらいの女性が、いました。
先生と女性は、二言三言挨拶を交わすと、相談しながら店内のお花を見て回りました。
「直美君。」
不意に先生が後をついて回っている私に声をかけました。
「はい!」
急なことで思わず大きな声になりました。
「まあ、元気なお嬢さん。」
お店の女性が言いました。
「こちらが、このお店のオーナーのさくらさん。」
先生が女性を紹介してくれました。
「初めまして、渡辺直美と言います。先生のところでお世話になってます。よろしくお願いします。」
「可愛いわね。こちらこそよろしくお願いしますね。」
「はい。」
「これから度々ここに来て貰う事になると思う。」
「栗鼠人先生は、うちの上得意さんなんですよ。」
「ところで、君の好きな花はなんですか?」
「ひまわりです!」
「向日葵ねぇ。さくらさんどうですか?お願い出来ますか?」
「もちろん、任せてくださいな。」
「では、お願いします。」
「配達は明後日でよろしかったですね?」
「そう、明後日で。くれぐれもよろしく。」
「分かりました。ありがとうございました。」

そのあと、お昼時だったので、同じタウンあるイタリアンレストランでお昼を食べました。
メニューの値段を見て、頭がクラクラしました。
せっかくの料理の味が、緊張でほとんど分かりませんでした。
食事中も先生と私は注目の的でした。

それから二日後、注目したお花が届きました。
持って来てくれたのは、さくらさんでした。
バンには、祭場に置いてありそうな大きな花台に、いっぱい花が活けられていました。
大きさもさることながら、量も多かったので、運ぶのを手伝いました。
台車に乗せて庭のピアノの近くまで運びました。
白い花が一番多くて次にピンクと水色の花が同じくらいありました。
「あっ!」
最後に黄色い花がありました。
「これは・・・。」
「ご依頼のひまわりですよ。長年この仕事をしてますけど、これほどの大輪は滅多にお目にかかれませんよ。」
台車に乗せて運び、ピアノの正面に置きました。
ちょうど三角形の二辺の頂点にあたる場所です。
この時、私は初めて何か特別な事があるんだ、と思いました。

夕方になって、叔母さんが来ました。
私を面接してくれた女性です。
黒っぽいスーツを着ていました。
私は、先生が何か軽いものが食べたい、と言ったので、有り合わせの材料でサンドイッチを作りました。
先生にはコーヒーを、叔母さんには紅茶を出しました。
先生がテラス席のテーブルに写真を置きました。
先生によく似た綺麗な女性が、優しく微笑んでいました。
「直美さん、あなたもこっちにいらっしゃいな。」
「あ、はい。」
私は、室内から椅子を持ってきて、座りました。
「あなた、直美さんに教えたの?」
「いいや、何も。」
私が作ったサンドイッチは、写真の前に置かれていました。
「姉はね、卵とハムのサンドイッチが大好物だったの。」
そう、私が作ったサンドイッチが卵とハムのサンドイッチでした。
しばらく、時が流れて行きました。
庭に夜の帳がおりてきました。
「着替えてくるよ。」
そう言って先生が部屋に戻りました。
ややあって、先生が部屋から出て来ました。
さっきまではワンピースだったけど、今は凄い豪華なドレスでした。
叔母さんがリモコンを操作しました。
庭の小屋がゆっくりとこちらに向かって動き始めました。
照明が点いて、庭を照らしました。
「さ、あなたもいらして。」
「はい。」
私は叔母さんと並んで歩き始めました。
「今日は、姉の、栗鼠人の母親の命日なんです。」
「ええ。」
やっぱり、そう言うわけだったんだ。
「事故で、二人とも重症で、数日後姉は亡くなりました。栗鼠人は一命を取り留めたんですけど、男性としての機能を無くしてしまいました。」
「そ、そんな・・・。」
「でもね、栗鼠人、あの面立ちでしょう?十分女子で通用するわ、って。」
私は立ち止まって歩き続ける叔母さんを目で追いました。
「さ、早く。」
叔母さんが私に気づいて手招きしました。
私はいつものようにスマホを構えると、神妙な気持ちで撮影を初めました。

先生が、鍵盤の蓋を開き布をめくりました。
本体の大きな蓋も開きました。
椅子に座り、ウォーミングアップのため、低音から高音まで鳴らして行きます。
そして演奏が始まりました。

ああ、この曲は・・・。
ビートルズのイエスタデイでした。
ポール・マッカートニーが亡くなったお母さんを想って作った曲だそうです。
優しくて綺麗な音色がこの空間に広がり満ちて、消えて行きました。
アウトロが終わっても、まだ続きました。
演奏の感じが変わりました。
♪yesterday ・・・・・
先生が歌い始めました。
先生の歌声を初めて聞きました。
囁くようで、それでいてすごく通る声。
柔らかいソプラノ。
私は、先生の頬に光るものを見た気がしました。

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