音楽家は変人 11
エピソード 11
ある秋晴れの日、私と先生は小学校の講堂にいました。
少子化で生徒数が激減した事による学校の統廃合でなくなってしまう小学校です。
先日のアニメフェスティバルに出たのが縁となって、市から依頼が来たんです。
屋外での開催の話もあったのですが、季節外れの暑さが続いているため、体育館での開催となりました。
体育館には、在校生、在校生の父兄の方、卒業生、学校の先生方、市の教育関係の方々が集まって、満杯の状態でした。
体育館の舞台上には、市が準備したヤマハのCFXが鎮座していました。
アニメフェスティバルでも弾かせてもらったピアノです。
先生は、アニメフェスティバルで着たのが気に入ったのか、今日も2Bのコスプレ衣装です。
ただ髪は地毛のブロンドのロングヘアーで、黒い目隠しも着けていませんでした。
先生がこの衣装で壇上に上がると、一瞬会場がざわめきました。
先生は、ピアノの前で会場の皆さんに一礼してから、椅子に座りました。
そして、鍵盤に目もくれずに、低音から高音まで鍵盤に指を踊らせました。
これでざわめきはなくなりました。
一曲目、フランツ・リストのラカンパネラから始まりました。
超絶技巧だけど技術で押し切るのではなくって、一音一音が輝いているようで聴衆の心を一気に引き寄せます。
会場内がしん、と静まりかえりました。
二曲目以降は、誰もが知っている曲でした。
どこまでも高く透き通った青い空に響き渡る子供たちの声援の声と、アップテンポの曲。
放送部の子供による応援と実況。
そう、運動会です。
徒競走やリレー、玉入れ、綱引きなどの競技中に流されるあの曲たちです。
運動があまり得意ではなかった私でも、待ち遠しかった運動会。
競技では苦い思い出ばかりだけど、クラスみんながひとつになれたあの時間が大好きでした。
いつしか、小学校のあの時の気持ちに戻っていました。
最後は、運動会の花形競技のリレーで必ず流れる曲で終わりました。
一拍遅れて、拍手が起こりました。
皆さんの顔が、童心に帰ったような表情でした。
割れんばかりの拍手の中、先生は立ち上がると、会場の皆さんに何度もお辞儀をしました。
やがて、拍手の嵐が収まって来ると、先生が話し始めました。
いかがでしたでしょうか。
ここに来るまで、何を弾こうか決まっていませんでした。
こちらに伺って、校舎や校庭、手入れの行き届いた花壇、今にも壊れそうな体育館・・・。
ここで会場内に笑いがおこりました。
それらを見て、もう、ここに来る子供たちがいなくなるんだ、と思った時、そして、この素晴らしい秋空を見た時、今日弾かせていただく曲が決まりました。
赤頑張れ、白負けるな、そんな言葉も聞かれなくなったと聞きます。
徒競走の順位も無くなったとも聞きます。
今はそんな時代になったんだ、と寂しくも感じます。
音楽は、歌も含めて不思議な力があります。
それは、聞いた人を思い出の場所、時間にタイムスリップさせてくれること。
これから聞いていただく曲も皆さんを思い出の1ページにいざなってくれる事を願っています。
そう言うと先生は一礼してピアノに向かいました。
流れて来たメロディは、ボカロ曲で初音ミクの『千本桜』でした。
イントロのところで、先生が「手拍子お願いします!歌える方は遠慮なく一緒に歌いましょう!」
そう言うと先生は自分のピアノを伴奏にして歌い始めました。
これで、体育館は一気に盛り上がり増した。
次はスピッツの『空も飛べるはず』です。
そして、イルカさんの『なごり雪』へと続きます。
終盤は、アンジェラ・アキさんの『手紙~拝啓十五の君へ~』です。
そして、ラストはこの小学校の校歌でした。
最初は先生の歌声だけだったのが、どんどん歌声が重なってきて、最後には大合唱になっていました。