音楽家は変人 2

エピソード 2

テラス席で夕食を食べている時でした。
ビシソワーズを食べ終えるのと粗同時に、銀色の光が庭に降り注ぎました。
夜空を覆っていた雲が、いつの間にかなくなって、満月の光が射してきました。
「おお、こうしてはいられない。

栗鼠人さんはそう言うと立ち上がり、部屋の中に入って行きました。
「ちょ、ちょっと先生。食事中に席を立ったらいけないんですよ。」
と言いながら私は、栗鼠人さんの後を追って行きました。
栗鼠人さんは自分の部屋に入りました。
「君は、今夜がどんな日か知っているかい?」
ドアの向こうから栗鼠人さんが聞いてきました。
「知りませんよ、そんなこと。先生、早く席に戻って下さい。まだ食事の途中なんですから。」
「今夜は、とっても特別な夜なんだ。」
と、栗鼠人さんは中々部屋から出てきません。
「先生?」
痺れを切らして私がもう一度栗鼠人さんを呼んだ時、ドアが開きました。
「もう、先生ったら・・・。」
私は出てきた栗鼠人さんを見て、言葉を無くしました。
「せんせい、その格好・・・。」
ウェーブのかかった長い金髪をお団子とツインテールにして、服は特徴的なデザインのセーラー服。
青いスギャザーカートは超ミニで、足元はスカートと同色のロングブーツ。
胸元と腰には濃いピンクのリボン。
そう、知る人ぞ知るセーラームーンのコスプレでした。
ロッドこそ持ってはいなかったけど、手にしたリモコンを操作して、庭の小屋を移動させました。
栗鼠人さんは、小屋から現れたグランドピアノに向かって歩き出しました。
これから、何が起こるのか、私は経験と直感で分かりました。
私は持っていたスマホを取り出しました。

私が初めて栗鼠人さんにお仕えした夜、栗鼠人さんは私のためにピアノを演奏してくれました。
あの時の感動は、今も忘れていません。
と同時に、どうして記録しておかなかったのか、後悔もしました。

栗鼠人さんは、ピアノの鍵盤の蓋と本体の大きな蓋も開けました。
あの夜とは違って、銀色の光に真っ白なピアノが輝いていました。
私はスマホを構えて、録画を始めました。

セーラームーンがピアノに向かっています。
綺麗な指が、鍵盤に触れました。
両手の指が可憐に動き、低音から高音まで、音が響きました。
そして、
演奏が始まりました。

ああ、これって、ムーンライト伝説。
ピアノのテクニックなんて全然分かりません。
原曲もうろ覚え。
でも、すごく優しくて、切ない。
銀色の月光が、キラキラ輝き降り注いでくる。
ピアノの音色が空に昇っていきます。
広大な銀色の空間に、私と先生。
夢見心地のうちに、いつの間にか曲は変わっていました。
ああ、これも知ってる。
ドビュッシーの月光。
この曲を初めて聴いたのは、トミタさんのシンセサイザーでした。
あの時も感動したけれど、今もすごい感動。
スマホで撮影している事を思い出して、モニターを見ると、セーラームーン姿の先生がちゃんと映っていました。
先生は、今も全く手元を見ていません。
ピアノの音と、雰囲気に身を委ねていました。
夢のような時間。
静かに曲が、演奏が終わると、遠くで何かの鳴き声が聞こえました。
私はその鳴き声を合図に、撮影を終えました。

先生と私は並んで部屋に戻りました。
小屋がピアノを覆いました。
先生はセーラームーンの格好のままテラス席に座りました。
「今夜は、どうして特別なのか、分かりますか?」
突然、先生が聞きました。
「分かりません。」
私が答えると、先生は信じられないと言う表情で微笑むと言いました。
「今夜の月は、スーパームーンなんだよ。」
「スーパームーン?」
「月と地球の距離が接近して、かつ満月の時に見える月のことだよ。」
「そうなんですか。へぇ、知りませんでした。」
「ところで、食事の途中だったね。」
「あ!すいません。すぐに続けます。」
「何も謝ることはないよ。僕の身勝手だから。」
「先生?」
「はい?」
「その格好で食べられるんですか?」
「もちろん!」

まぁ、セーラームーンこと、月野うさぎは食いしん坊だったけど。

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