僕と2B-10

Chapter 10

「なぁ、花子見いひんかった?」
酪農科の里美が同じ酪農科の清志に聞いた。
放牧場から牛舎に戻して来た中に、今年生まれたばかりの子牛の内の1頭の姿が見えなくなっていた。
「集めた時にはおったんか?」
「うん、おった。額のハートマーク見たもん。」
「そうか、どこ行ったんやろな。探しに行こか。」
「うん。」

「よし積み上げ完了や。重機を所定の場所に返しておいてくれ。

「OK!」
「昨日の雨で路肩が緩んどるからあまり端に寄せすぎるなよ。」
「分かってるって。」
涼太は慣れた道を重機を走らせた。

「ナインズ、これ、どこがどう変わったん?」
と六花が聞く。
「シリンダーとか、油圧ポンプとか、色々いじってみたんや。軽量化とパワーアップを同時に達成させようと思うてん。」
僕は改良したパワースーツを着て、農学部の牧草地に来ていた。
パワースーツを着た僕を、2Bが興味津々の表情で見ている。
今日はゴーグルをつけていない。
2Bの横には、助手のナオミさんが立ち会っている。
ロボット研究室がある別館の近くには、色々と物があって、なにかトラブルがあった時に被害が大きくなるので、テストをする時は、ここを借りて行っている。
牧草地の向こうには、酪農科のサイトが見える。
サイトから倉庫に向かう農道を、ゆっくりと重機が走っていた。
よく見る光景だ。
「あっ!」
僕は思わず声を上げた。
重機がゆっくりと倒れて行くのが見えたえから。
僕の声に、ナオミさんも六花も2Bまでもが、僕の視線の先を見た。
「わっ!」
六花も声を上げた。
「あかんわ!」
ナオミさんが叫んだ。
2Bは黙って事の成り行きを見ていた。
「ナインズ、行こう!六花も二美ちゃんも来て。」
僕たちは、重機が倒れた農道に向かって走り出した。

農道につくと、巨大な爪がついた重機が路肩を滑り落ちていた。
オペレーターはキャビンから脱出して無事だった。
「涼太、あれほど路肩に寄せるなって言うたやろ。」
「路肩から十分距離をとったはずなんやけど。」
「里美、花子は大丈夫か?」
「うん、ちょうど爪先とあごの間に挟まってる。」
「ここから見えへんけど、怪我してるかも知れへんな。」
「早く重機退かせて!」
「今、貸してるブル、持って来るように農業科に連絡したところや。」
「小一時間はかかるがな。」
どうやら、重機が転倒しただけではなくて、子牛が被害にあってるらしい。
「爪の所を持ち上げたら子牛、引っ張り出せる?」
「ああ、何とか。けど、こいつおよそ10トンあるんやで。どうやって持ち上げるんや。」
「これでやってみる。」
僕は着ているパワースーツを指さした。
「これなら最大1トンまで持ち上げられるから。爪だけなら浮かせられるはずや。」
「お願い、花子を助けて!」
僕は重機のそばから覗き込んで、子牛が挟まってる場所を確認した。
地面に着いた爪の先はあまり深く埋もれていない。
重機の重さが爪にかかっていない証拠だ。
僕はパワースーツのパワーを最大にセットして、爪の根元と地面の間でしゃがんだ。
爪の根元に肩を当てて、スクワットの要領で立ち上がる。
ぎぎっ・・・
金属の軋む音がして爪がわずかに浮いた。
「早く、今の内に花子ちゃんを引きずり出して!」
「わ、分かった!」
男3人で花子の脚を引っ張り、爪とあごの間から助け出した。
直後、重機を支えていた路肩が崩れた。
重機がさらに傾く。
僕の肩にかかる重さが一気に増した。
パワースーツで体にかかる負担は軽減できても、地面は支えられなかった。
足が地面にめり込んだ瞬間、僕はバランスを崩して倒れた。
今度は僕が爪とあごの間に挟まれた。
パワースーツのどこからか駆動用のオイルが漏れ始めた。
このままだと数分で僕は重機に押しつぶされるだろう。
「ナインズ!」
六花が悲愴な声を上げた。
「誰か、助けて!」
「ナインズ!」
2Bが僕の横に体をねじ込んだ。
「今、助ける!」
今度は2Bがスクワットの要領で爪を持ち上げる。
ぎぎっ・・・ぎぎぎっ・・・
2Bが立ち上がる。
「早くそこから抜け出して!」
僕はうなずくと爪とあごの間から転がり出た。
「2Bもう大丈夫だよ。」
僕が言うと2Bは、ウェイトリフティングのように爪を持ち上げると、前に落とした。
あの華奢な体のどこに、こんなパワーがあるんだろう。
いくらアンドロイドでも限界はあるはずだ。
などと考えていると、
「ありがとうございました。」
と女の子が涙声で言った。
「花子ちゃんは大丈夫?ケガはしてない?」
「はい、大丈夫です。」
「それは良かった。」
僕は着ていたパワースーツを脱いだ。
オイルが漏れている所を確認する。
オイルを送るパイプとシリンダーの接続部が外れそうになっていた。
ちょっとヤバかったけど、おかげでパワースーツの欠点を見つけることが出来た。
実際の災害現場での救助活動中に、こんなことが起きたら二次災害を引き起こしてしまう。
試作段階で分かって本当に良かった。
「2B、本当にありがとう。君は命の恩人だよ。」
「私もナインズに助けてもらった。」
歩き始めて右足に激痛が走った。
「痛っ!」
思わず声を上げる僕に六花が聞いた。
「大丈夫なん?」
「捻挫したかも。」
「まじか。」
六花がしゃがんで僕の足首を見た。
「まだ腫れてはきてへんけど、もうちょっとしたら腫れてくるかも。歩ける?」
僕は少し右足に体重をかけてみた。
やっぱり激痛が走る。
「ちょっと無理やな。」
「どうしよう・・・。」
「私が連れて行く。」
そう言うと2Bは僕を軽々と抱き上げた。
「ナインズ、帰ろう。」
2Bの言葉に僕はうなずいた。
ゲームのあのシーンの再現だった。
歩くたび、2Bの胸が僕の右腕に押し付けられる。
柔らかい膨らみに、僕の右腕が埋もれる。

「君は命の恩人だよ。」
そう、彼は一瞬でも死を覚悟した。
「花子ちゃんは大丈夫?ケガはしてない?」
それでも、子牛の心配をする。
守るべき人類の事を少し理解した。
足を痛めて歩けなくなった彼を抱き上げ、研究室に戻りながら私は思った。

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