エッセンシャル思考がベストセラーとなったグレッグ・マキューンさんの次作、エフォートレス思考を読んだ。 この本はエッセンシャル思考が「何を」やるかを見極める本であるとするなら、「どのように」やるかを極める本ということらしい。 三章立てになっていて、物事に取り組むときに努力を最小化して成果を最大化するためのステップが記載してある。 一章目はエフォートレスな精神について。 頑張り過ぎずに成果を出す考え方や適切な休憩や集中する方法などが記載してあり、精神面でのエフォートレスな方
波瀾万丈な人生がある。 生まれは貧乏で父からの家庭内暴力があって、でも成長して大人になると起業をして、自身の努力で事業を拡大し大成功するみたいな話だ。 直近で辛い経験があると、普段は気づかないささやかな幸せに心が動かされたり、自分の今ある幸せについて知ることができたりする。 逆に何も難がない人生、つまり無難な人生は激しいどん底こそないが、その分、劇的な感情に動かされることも少ない。そう、まさに振り子のようだ。 自分の感受性を思いっきり開いて全力で物事にぶつかれば怪我もする
最近読んだ本でも書いてみようと思う。 チヌア アチェべ『崩れゆく絆』。 あらすじ 19世紀後半のナイジェリアで起きた植民地支配を描いたフィクション作品。 作者のアチェべ自身、ナイジェリアの植民地支配後の1930年に生まれており、この作品によって「アフリカ文学の父」と呼ばれるようになった彼にとっての代表作らしい。 読んだ感想としては、比較的読みやすかったし、かなり夢中になって読めるほど楽しかったという印象。 読みやすさの面では光文社古典新書シリーズのシリーズを通しての読み
※子どもの考え、または中2男子の妄想と思われるかもしれないので、読む場合はそのつもりで読んで欲しい。 神が死んで久しい人類は自身の行動指針を自身で定めなくてはならなくなった。 絶対的な価値観が消えて人々は思想の自由を手に入れた。 また、社会はさらに人々に平等な人権を与えた。 今日において程度の差こそあれ、世界のあらゆる国で人権が認められていない人は少数派となった。 人々はついに思想の自由と生きる権利を勝ち得たと言っていい。 そしてこの何にも束縛されない自由こそが人の求
タイトルのインパクトを追い求めて出た結果。 3秒で思いついた。 新しい道が生まれそうでワクワクする。 そんな予感。そんな年度末。 おやすみ世界💤
その人の知識を測るには何を見るべきかという話。 知識とはただインプットするだけではダメで、それをいかに自分の中に落とし込んで活用できるかによってその人の知識の広がりと深さが変わってくる。 知識の広がりと深さを持たせる過程はこうだ、 まずAという事実を覚える。 次にBという事実も覚える。 そして、AとBの相関関係を知り、Cという発見を得る。 つまり、それぞれ別の点と点であった、AとBという事実に対して線を引くことで新たにCという発見を生み出す。 これが知識の広がりであり、よ
アウトプットの話でも出てきたが、人はどうも何かしらの目的を持つことでアクションを起こす。 これは逆にいえば目的を見失えば何をしていいか分からないとも言える。 100年も前に比べてみれば平和な世の中が当たり前となって久しいこの日本において、若者が何かしらの希望を持てずにただ毎日を無難に過ごしている現状は容易に理解ができる。 というか、私自身もその傾向にあると言っていい。 それはそうだ、ニュース報道を見ればこの先の日本がいかに暗いかという話題しかやってないし、そうはいってもま
うろ覚えの知識なので鵜呑みにはして欲しくないのだが、快楽物質ドーパミンについて情報を仕入れたので紹介したい。 現代社会におけるスマホやタブレットの危険性についてのお話で、スマホやタブレットから簡単に強い刺激を得られるようになってしまったことが、どうやら現代人にとって悪い影響を及ぼしているらしい。 スマホやタブレット、いわゆるデジタルデバイスから得られる強く刺激的な情報を一度に大量に目にしてしまうと、快楽物質であるドーパミンの放出が急激に上昇し、上昇するのはいいのだが、今度
YouTubeの運営がクリエイターに対し、生成AIで編集あるいは生成したリアルな動画にラベルを付けることを義務付けるとし、クリエイタースタジオに新ツールが追加されたとのこと。 動画コンテンツが伸びている中で、現実との見分けがつかないレベルまで進化してきた生成AIの技術が今後の世の中にどういった影響を与えるのか。 大きな地震があった際に動物園のライオンが逃げ出したというデマがSNSで大きく拡散されたように 今後もこうした生成AIを使った、より高度なデマや印象操作、組織的な
生きる目的なんて最初から人にはない。 とはいえ、この世に生を受けたからには何かをしなくちゃ始まらない。 ただ生きるのではなく、目的を持っていたいと思う。 マズローの欲求階層説?ってのが確かあって、最初に来るのが生理的欲求である、食欲・性欲・睡眠欲で、それを満たすことで次の安全の欲求、それを満たすと社会的欲求、次は承認欲求、次は自己実現の欲求と上がっていくという。 より高次元の欲求を満たすことが人の生きがい、ひいては目的になりえるとしたら、身体機能が下がり、病気や筋肉の衰
昔、学校の勉強で、教科書を1ページ目から順に読んでいって、重要なところだけを赤線を引いたりして学習していき、途中で眠くなって結局教科書の最初のページのことしか覚えていないなんて経験をしたことがある人は私だけではないはず。 (世界史だと大抵の場合、アウストラロピテクスしか覚えていなかったりとか笑) そして、そこで挫折した人は次に問題集から先に取り掛かれと言われたことは無いだろうか。 すると、最初こそ何も分からずボロボロの状態にはなるが、問題を解いていくうちに必要な情報だけを
最近はAIのペットも出てきているようで、こちらの言葉を理解し、人におもねった可愛い仕草を勝手にしてくれる。犬型であれば尻尾も振るし、餌も要求する。 はて、ペットとは人にとっての何なんだろうと考えたくなる。 そうした、人にとって価値のある物事の本質的な要素を抜き取ってしまえば今の時代、AIの機械学習なんかによって置き換えられてしまう。 それこそ、ただ彼女が欲しいだけであればAIの方がよっぽど理想の彼女になれるだろう。 人はどこまでAIによって置き換えていくのか、私たちはA
現代、特に日本においてこの事を忘れている人が多いんじゃないかと思う。 それは学校教育から始まっている。 倫理的に正しい人が最終的に報われて、悪い人が痛い目にあうし、頑張った人は必ず報われると僕たちは教わる。 でも、本当はそんなことはない。 倫理的に正しいことをしても死んでしまうこともあるし、悪いことをしたやつが生き残ることも多い。 努力に努力を重ねて頑張ったやつが受験に落ちて、たいして勉強もせずに地頭の良さだけで受かるやつもいる。 そういったことを教えていないから挫折す
今から数百年が経った後に今の時代を見ると、おそらく時代の大きな転換期なんだろうなと思う。 大きな事件や事故、戦争、産業形態の変化、グローバル化、情報化、あらゆることが次々に起こりめまぐるしく変化していっているように感じる。 こういった転換期というのはありとあらゆる波が各地で起き、安定期に入った頃には社会のあり方が大きく変わっていたりする。 この大きな変化は常にあるわけではなく、周期でめぐってくる。 そのため、私たちはまず現代が転換期に入っていることを自覚しなくてはいけな
先に言っておきますが、病んでる人は病院行ってください笑 メンタル弱めだなと感じてる人に少しでも参考になればと思います。 メンタル弱いな〜って思う人たぶん、自分に自信がない人が多いんじゃないかと思います。 実際自分もそうでした。自分ってなんてダメな奴なんだろうと思って、毎日悶々としてる時期がありました。 でも最近は特にそういったことはなくなりました。開き直ったんです。 自分はこれでいいんだ!って。 それまでの自分は理想の自分を描いてそこと現実の自分とのギャップにもがいていた
教養って、なんだろね。 と考えてみると、僕の場合は「物事を多面的に見ることができる数の多さ」だと思った。 りんごを例に挙げてみれば、子どものときはただの美味しい果物でしかないが、ニュートンが万有引力を発見したきっかけを与えたことや、旧約聖書において、アダムとイヴが蛇にそそのかされて食べた「善悪を知る果実」であることも知ると見方が変わる。 食べ物という枠を超えて、歴史的な背景や芸術における役割、メタファーとしての要素、様々な視点からりんごを見るようになる。 これらの視点の数