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パーセルの「酒飲みは不死身」を訳詞してみました

ヘンリー・パーセルは17世紀後半に活動したイングランドの作曲家です。

そのパーセルに「酒飲みは不死身」という歌があるというのを知りまして、酒飲みの私は非常に興味を覚えました。

そこで、IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)から楽譜を探しましてダウンロードしました。

https://imslp.org/wiki/Catches%2C_Rounds%2C_Two-part_and_Three-part_Songs_(Purcell%2C_Henry) より

楽譜はこれだけです。
たった7小節しかありませんし、何か変な楽譜です。

この楽譜には番号が付いた譜表が三段ありますから、3つのパートで演奏する曲であることは確かです。

ただ、音符も歌詞も順につながっているように見えます。
一番上の1を歌い終わると次に真ん中の2を歌って、そして最後に最下段の3を歌うようです。

しかも3つのパート(1~3)を、3人ないしは3グループで、同時に歌わないといけない。

しかしながら、これは、輪唱の楽譜と考えると納得がいきます。

つまり、最初に歌い出す人(またはグループ)が最上段を歌い終わって、真ん中の段を歌い始めるタイミングに合わせて、次の人が最上段を歌い始めるわけです。そして、最初に歌い出す人が、最下段を歌い始めるタイミングに合わせて、もう一人が最上段を歌い始める。
最初の人は、楽譜の最後まで歌い終わっても、他のパートがまだ歌い終わっていませんから、再び最上段を歌いまして、以下同様に繰り返すわけです。

実に省スペースな楽譜ですね。

では、どこで終わるのか、といいますと、楽譜にはそれに関する指示がありません。

つまりこれは、無限にループする輪唱なんです。

無限カノンとか、無窮カノンと呼ばれることがありますが、こういう輪唱は繰り返して歌っていますと、だんだん高揚していって、エクスタシーすら感じてきます。

しかも、タイトルが実にいいです。

酒飲みは不死身」ですから。^^

そういう歌を何度も繰り返しているうちにエクスタシーに達するなんて、酒飲みの私にとって実にありがたい歌です。^^

詞は、古い時代の英語で書かれています。
詞の作者は不明です。
パーセル自身が余興で作った詞かもしれません。

タイトルの原題は ”He That Drinks is Immortal.” です。

現代英語では関係代名詞のWhoを使うところと思いますが、Thatになっています。

訳は

酒を飲む彼は不死である

つまり、

酒飲みは不死身だ

というのがタイトルの意味です。

詞はこんな調子です。

He that drinks is immortal.
He that drinks is immortal and can ne'er decay.
For wine still supplies,
for wine still supplies what age wears away;
How can he be dust, how can he be dust that moistens his clay?

これの日本語訳がどこかにないかと思って調べたのですが、見つかりませんでした。

そこで無謀にも、ちょこっと訳してボカロに歌わせてみたいと思いまして、あれこれ調べては無い知恵を絞りました。

まず英詩の二行目のne'erneverの一音節形です。
楽譜を見るとその個所には音符が2音節分ありますから、ここはneverとも歌えます。
実際neverにしてある詩もWebで見つかりました。
いずれにせよ、(he) can ne'er decay で、「彼は決して減衰できない」です。
ここは「老衰はあり得ない」と意訳しました。

英詩4行目は、直訳すると

ってのはね、ワインは年齢がすり減らしていくものを補充していくからね

という意味と思われます。

年齢がすり減らしていくもの」とは、何でしょうか?

歳をとると減っていくものは、いろいろあります。

例えば、髪の毛とか、肌のつやとか。

それは、ひっくるめれば若々しさだと思います。

そうしますと、かなり意訳になってしまいますが、「ワインは若々しさを回復させるサプリだからね」なんていう翻訳もできそうです。

赤ワインに含まれるポリフェノールには抗酸化作用による老化防止の効果があると言われますから、科学的な根拠を盾にすればその意訳の正当性を大いに主張できるかもしれません。^^

次の写真は、そのあたりのところを考えている時に書き付けたメモです。dot.さんのお店で買ったミケパンチさんブランドのミニバッグの上に置いて撮影しました。私のお気に入りのデザインの一つなので。^^

自分でツッコミを入れてまして、これは不採用^^;

そして英詩5行目のdust、普通は埃と訳されますが、とか亡骸という意味もあります。

最初の節 "How can he be dust" は「どうしたら奴は乾いた土に還れるんだ?」としました。

また、関係詞節にある moistens his clayは「自分の体を湿らせる」ですが、この表現を酒を飲むの隠喩として使っている例を辞書のサイトで見つけました。

そうすると、5行目全体では

酒で湿らせた身体は、どうしたら乾いた亡骸になる(土に戻る)ことができようか

くらいの意味になりそうです。

全訳です。

 酒飲みは不死身だ
 酒飲みは不死身だ、老衰なんてあり得ない
 なぜって、酒はサプリだからね
 歳を取るとだんだん減っていく「あれ」が摂れるんだ
 酒飲みは、どうしたら乾いた土に戻れるってか?
 それは無理筋ってもんだよ
 奴の身体は、酒で湿ってるからね


私の専門はライフサイエンス領域でして、これまでその関係の研究レポートを読んだり書いたりするくらいしか、英語を使う機会はありませんでした。ですから、英語の詩の翻訳は全くの門外漢です。

この翻訳にとんでもない勘違いがありましたら、コメント欄でご指摘いただければ大変ありがたく存じます。

さて、日本語訳が出来上がったものの、音節数が多いので、このままではメロディを歌うことができません。音楽帳を名乗る私としましては、歌える日本語歌詞、つまり訳詞を作ってボカロに歌わせるところまでやりたいと思いまして、また実際やってみました。しかしながら、訳詞の過程に関しましては、こちらには書きません。といいますのは、訳詞自体が先の日本語訳を元にして、ひたすらメロディの音数、リズム、そして音の上がり下がりを考えながら、それに合った言葉を選んで置き換えるだけの単純作業ですので、くどくど書いてもしょうがないと思うからです。

また、出来上がった訳詞自体、こちらに書き留めておくような代物でもありませんので、ご興味のある方はYouTubeに出したこちらのコンテンツを聴いて頂けば、と思います。ただ、輪唱なのでごちゃごちゃしています。聴き取るのは難しいかもですが^^;

歌の方は、まずパート1単独での英語の歌唱、次いで同じ歌い手による日本語での単独歌唱と続きまして、日本語歌詞の途中から二人目と三人目の歌い手が登場して輪唱になります。

伴奏のチェロは、輪唱になる前の単独歌唱が寂しかったので、編曲という名目で勝手に作って付け加えたオリジナルです。歌の構造から、輪唱の部分も続けて同じものが使えますので、曲全体に渡って何回も反復しています。

このチェロがひたすら反復されるのも、私には大いにエクスタシーに通じます。俗に耳について離れないというやつですね。^^;

歌は、女声のSaki AIと、男っぽくしたSaki、それから男声のNakumoの三人で、輪唱ではこの順に歌います。

作曲者のパーセルが亡くなったの36歳の時。
もう少し長生きしていたら、さらに多くの名曲を残したと思います。
パーセル・ファンの私としては、とても残念です。

たぶんパーセルは、もっと酒を飲むべきだったんだな。^^

ということで今回の出し物は

 酒飲みは不死身だ!(H. パーセル)

その翻訳顛末記でした。

本当に不死身なら嬉しいんですけど。^^;


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