「男性に自分の話をしてほしい」について考えてみる
青柳美帆子さん(@ao8l22)の上記ツイートから考えてつぶやいたことをツイッターから再掲。
*****
男性に自分の話をしてほしい欲、わたしは持ってるけど、それが女友だちと話してる時と同じ効果?を得られるかはわからないし、そもそも男性の中で自分の話イコール仕事や学歴などこれまでがんばったことがんばっていることだとしたら別にそれは求めてないし、確かに難しいなあ、と思った。
あとちょっと古風かもしれないけど「よく喋る男はダメ、寡黙な男の方がいい」みたいなイメージの中にある『よく喋る男』って喋る内容の中でうまく自己開示できてない人を指すのかなあとふと思った。自分の内面のさらけ出し方がわからず、今やってること今までやってきたことメインで喋るというか。
夫婦などパートナー間で親しくなる過程で、家庭環境など相手のルーツを知らないと理解できない場合があると思うんだけど、その時に当事者の解像度が低くて実は重要だった出来事や感情をうまく言語化できなかったりすると、関係性構築の障壁にもなりそう。
*****
青柳さんのツイートは、清田隆之(桃山商事)著『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』を受けてのもの。
ちょうどこの本の中でも以下のような記述がある。
多くの人の恋愛相談を聞いている著者がこう話すのなら、多少は信頼してもいい意見だろう。
わたしは男性の話に興味はあるが、例えば仕事で何をしたとかがんばったとかそういう話が聞きたいわけではない。
いや正確に言うとそういう話をしてはいけないわけではないが、それだけ延々とされては困る。
だって、それでその人の何を知ることができる?
わたしならもっと、その人が何を好きで、それはどういう理由で好きで、好きになってからこういう影響があって、みたいな流れで、どんどんその人の深いところへ潜っていくような話を聞きたい。
その人が形づくられている要素に少しでも触れてみたい。
結局そのような話ができないと、なんとなくは仲良くなれても、後々より深い仲になる時に自分のことをわかってもらえないという事態も起こり得る。
このような、自分の解像度を上げるための言語化とでも言えばいいだろうか。
それって訓練しないとできるようにはならないと思うのだが、もしかすると女性同士の方が日常的に自分の身の上話をする機会が多いから、相対的に見て女性の方が上手にできている印象になるのだろうか。