【書評】 Poirot and Me by David Suchet and Geoffrey Wansell 洋書(英語)
(写真はロンドン郊外にあるウィンザー城の入り口にあるビクトリア女王像)
上の画像でお察しの通り、この本は長年にわたって名探偵ポアロを演じてきたDavid Suchetによる著作である。NHKで繰り返し放送されたことから日本で多くのファンを獲得し、ファンでなくても一度はこのシリーズを見たことはあるのではないだろうか。この本では、彼がこの役に出会ってから最後の作品を演じ切るまでの半生が自伝的に語られている。
また、下のように日本語訳もある。
実はこの翻訳本の広告を新聞で見かけて、面白そうと思い、英語のKindle版を購入して読んだのだ。
この本はDavidがポアロ役と関わったことが時系列に沿って紹介されている。全てのエピソードの制作時の話を紹介しているので、この本を読みながら全てのエピソードをもう一度見てみたい気持ちになった。ただしそんなに暇ではないのでまだやってない。
以下の記事では、時系列的ではなく、この本で紹介された話の中で自分が印象に残ったものをいくつか紹介する。それによってこの本の魅力が伝われば、と思う。
私が一番気に入っている裏話
ポアロシリーズの中で自分が最も好きな場面の一つがThe Adventure of the Christmas Puddingというエピソードにある。クリスマスディナーに招待されたポアロがマンゴーの切り方をみんなに披露するのだ。
この本によると、このシーンはDavidが特別に頼んで入れてもらったらしい。というのも、Davidは当時のエリザベス女王からバッキンガム宮殿のランチに招待され、デザートにマンゴーが出された。Davidはこのフルーツをどう食べるのか全く知らなかったので同席していた夫君のフィリップ公に切り方を聞いたのだ。そしてフィリップ公がDavidに披露したのがこの切り方なのだ。そのせいで、フィリップ公はDavidのことをマンゴーマンと呼ぶようになったらしい。ちょっと口が悪いフィリップ公にありそうな話だな、と笑ってしまった。なお、DavidはこのエピソードのDVDをバッキンガム宮殿に送っている。
その他のお気に入りの話
ポアロ役の最初のオファーが来たときはDavidはまだ40代であり、役中のポアロはすでに老境に入っておりその年齢差を埋めるための努力をしなければならなかった。少ししゃがれた声は彼がポアロ用に特別作ったもので、他の彼の出演作品を見るとわかるが地声ではない。NHKのシリーズでは吹き替え版になっているが、その声(熊倉一雄)も悪くはないのだが、一度はDavidの努力の賜物である彼のポアロ声を聞いて欲しいものだ。歩き方も原作を読んで自分で創作したものである。色々な歩き方を試しながら最終的にみんながよく知っているスタイルになった。Davidは若い頃から運動能力が高く、それが彼の役作りに大いに役立ったようだ。撮影が始まるとDavidは全く別の人物になってしまうので周りの役者を驚かせたらしい。
多くのポアロ作品で、相棒のヘイスティング大尉、スコットランドヤードのジャップ警部、秘書のミスレモンが出てくる。彼らは、Hugh Fraser、Philip Jackson、Pauline Moran という役者たちだが、彼らとの共演を楽しんでいたのがわかる。また、エピソードごとに共演者が変わりいろんな人と共演しているが、Davidは人格者なので悪口は一切書かれていない。もちろん、素晴らしい演技をした共演者には賛辞を送っている。例えば、後にClaire Danes主演の人気シリーズHomelandなどで人気を博するDamian Lewisと共演したとき、Davidは将来成功する俳優と見ていたようだ。また、ドラマの監督や脚本家とのことも書いてある。ドラマシリーズFoyle's Warの脚本家で作家のAnthony Horowitzもいくつかのポアロ作品の脚本を書いている。個人的には彼の著作が好きなのだが、彼の記述は少なめでちょっとがっかりした。
Davidは送り迎えに自分のお気に入りの運転手Seanを使うことを最初のポアロ役契約時の条件とした。Seanとの出会いのエピソードも書かれている。インフルエンザにかかっているのに仕事に行かねばならなかった時に使った運転手がSeanだった。Davidに優しく言葉をかけてくれて、頼みもしないのにDavidの仕事が終わるまで外で待っててくれたのだ。彼との友情はその後ずっと続いていくことになる。
Davidのこだわりが垣間見える話もある。ポアロシリーズ初期のThe Adventure of the Clapham Cookというエピソードのある場面で、ヘイスティングとポアロは公園のベンチで時間を潰さなくてはならなかった。ポアロとヘイスティングはベンチに座ると脚本にあったが、身なりを気にするポアロがそのままベンチに座るわけがないとDavidは考え、ハンカチでベンチを拭くという脚本にない動作を入れて座ったのだ。勝手にこの動作を追加したことで監督と揉めることになったが、Davidは譲らなかった。最終的にはベンチにヘイスティングだけが座りポアロはその横で立ったままというカットになった。
日本との関わり
あまり大きなスペースは割かれていないが、2000年に奥さんのSheilaと日本を訪れた話も紹介されている。行く先々でリムジンやレッドカーペットなど用意されるなど大使級の歓待に驚き、ポアロの格好をしていなくても自分がポアロであることをみんな知っていることにも驚いたらしい。
もう一つ日本が関係している話がある。Davidはパンダが好きでその保護活動をしていた。その一環として中国の保護センターを訪れドキュメンタリーを制作していた時、日本の観光旅行団体に「ポアロがいるぞ」と目撃されてしまった。人のいいDavidはそこでサインや記念写真に応じたという話である。
おわりに
私はこの本を楽しんだが、他人に積極的に勧める本でもないかなという気がする。というのはポアロに興味がある人は読みたいだろうし、そうでない人はつまらないだろうから。また、英国のテレビ事情や俳優がわからないと十分に楽しめない部分もあることも事実だ。そこで、全部読むのではなく自分のお気に入りのエピソードの裏話だけを読むというような使い方もありかもしれない。その後、もう一度そのエピソード見直せば楽しさも倍増するだろう。
最後に英語についてだが、文学作品ではないので比較的読みやすいと感じた。私は読んでいないが、もちろん日本語版でも同様に楽しむことができるだろう。