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【連載小説】 ツインルーム (2) リバプール
これまでのあらすじ
大学院生の小田切誠司は人生初めての海外旅行に出かけ、ロンドンで早苗と名乗る同年代の女性から話しかけられる。2人は一緒にエジンバラまで行くが、そこから先は別行動を取ること。
2.リバプール
早苗と別れてから、エジンバラ、グラスコー、湖水地方と足早に回った。その間、駅やB&Bで日本人に会うと世間話程度はしたが、自分の一人旅に深く干渉してくる者はいなかった。そして4日後、電車でリバプールに着いた。
この時も宿の情報を得るため、駅近くのツーリストインフォメーションに行った。さすがに芸術の街だけあって、これまで回ってきた町のツーリストインフォメーションに比べ、モダンな感じがした。整理券を取って待つシステムになっているらしく、近くにあったベンチに座って自分の番を待つことにした。
すると、そこに突然早苗が姿を現した。
「こんちわ誠司くん。また会ったね」
「ホント、偶然」
そして、お互いこれまで回ってきたところを一通り紹介し合い、早苗も湖水地方のウィンダメアに同じ日にいたことがわかった。「今から宿探し?」と早苗がきいてきた。
「そうだけど、いっしょに探す?」
正直、こう提案した自分に少し驚いた。早苗の屈託のない笑顔が自分にそうさせたのかもしれない。そしてインフォメーションでもらった地図に載っているB&Bに向かうことになった。横を歩いている早苗を見ると、数日の間にさらに美人になったような気がした。それに前回のように、これから面倒なことにならなきゃいいが、とは不思議に思わなかった。
最初の二つのB&Bは値段はまずまずだったが、狭くて古くあまり良い部屋とは思えなかった。三番目のB&Bは外装が奇麗で期待がもてそうな感じだった。女主人に案内されて最初に見せられたのはツインルームで窓からきれいな中庭が見え、明るい内装で、付属のソファやコーヒーテーブルも上品な感じがした。値段は少し高めだが出せない料金ではない。
「あたし、ここがいい」と早苗は言った。
内心、「ちぇ、先に言われてしまったか」と思ったが、ここは男らしく引き下がった。
「どうぞ。おれは他の部屋にするよ」
俺は女主人に他の部屋はあるかと聞こうとすると、早苗は意外なことを言った。
「誠司くん、ここにベッド二つあるよ。ここに一緒に寝ればいいじゃない?」
俺は耳を疑った。俺たちはそんな仲じゃないはず。
「本気なの?いやダメだ。それはまずい」
「どーして?何も問題ないよ。ただ寝るだけじゃない。ベッドは離れてるし」
女主人がいつまでも決められない俺たちにいら立ってきているのが分かった。いや、自分で勝手にそう思いこんだだけかもしれない。あいつの前で着替えるのは平気だが、あいつが着替える時はどーすんだ?だいたいシャワー浴びた後、どんな格好するつもりだ?そんなことを考えている間も、早苗の体の線に自分の視線が行ってしまう。自分は女主人に言った。
“Are there any more rooms?”(他に部屋はないですか?)
“Don’t you like it? This is the best room we have.”(気に入らないの?これが一番いい部屋だけど)
ううう、そうではないが。我々が夫婦や恋人ではないということをどうやったら分かってもらえるのだろう。簡単なことなのに英語が出てこない。そのうち段々面倒になってきた。早苗に確認した。
「本当にいいのかい?」
彼女は首をこくりと縦に振った。
荷物を下ろし、ベッドの上に横になった。本当にこれで良かったのか?自分の方から何もしなければ問題はないはずだ。それに一泊だけだ。早苗は何事もなかったように、例のバックパックから化粧品などを出して自分なりに配置し始めていた。上着はちゃんとハンガーにかけている。持ち物をバックパックに入れたままの俺とは違う。
母親とは何年も会ったことがない。俺が小さいころ父と離婚したのだ。最近になって、母親とはメールのやり取りをするようになっていたが、それだけだ。姉も妹もいない。もちろん学校に行けば女子がいたが、男子の中でも孤立していた俺にクラスの用事以外で話しかける女子生徒はいなかった。それが今、寝室に女性がいるなんて。考えてみれば、もう二十二にもなってこういうことに慣れていない俺の方がちょっと異常なのかもしれない。
「やっぱり、私がいるの気になる?」
突然早苗はこっちを向いてしゃべった。俺はてっきり早苗が自分のことに集中していると思っていたので、不意を突かれた。
「でもないけど」と答えたが、それ以上気がきいた言葉が出てこない。
「さーてと、こんなとこかな。あたし、少し町を散歩してこようと思うんだけど、誠司くんどうする?」
「ビートルズゆかりの地めぐりとか?」
「うーん、どうかな。あの人たちが活躍してたころってだいぶ昔だし」
「まあね。俺もここに来たのはどんな町か、ちょっと見たかっただけなんだ」
「じゃ、一人で港の方に行くね」
「俺はもう少しここにいる」
「それじゃ、またあとで」
早苗が行ってしまうと、気が楽になり、今まで体に力が入っていたことがわかった。少し冷静になると、早苗に何時ごろ帰ってくるか聞いておくべきだったと後悔した。そうだ。あいつが帰ってくる前にシャワーを浴びてしまおう。そうすれば、とりあえず問題の一つは解決だ。しかしこんなことを考えること自体、やっぱり不自由だなと思った。
シャワーを浴び、夕食の時間が近づいてくると、今日何もしないで終わるのがもったいなくなって、歩いてペニーレインに行ってみた。結局、ビートルズゆかりの地めぐりになっている。
19時を回って、少し日が傾いてきたので宿に戻った。早苗はまだ戻っていなかった。少しお腹がすいてきた。夕食を食べてくるのかどうか聞いておくべきだった。そもそも、LINEとかメールアドレスを交換すべきだった。ベッドで横になって、早苗の帰りを待ったが、20時になっても帰って来なかった。
もうこれ以上待てないと思い、外に出た。パイやサンドイッチを売っている店がありのぞいてみたが、もうあらかた売れ切れていた。もう少し早く決断すべきだった。もう少し行くとチャイニーズのテイクアウトがあった。あまり綺麗ではなかったが、もう探すのに疲れた俺はそこに入った。
粗末なテーブルとイスが数組置いてあり、一つ空いているテーブルがあった。とりあえずそこで食事ができそうだ。揚げた春巻きやギョーザを適当に注文し、冷蔵庫からミネラルウォーターをとった。テーブルに着くとなんか椅子が油でべたべたしている。しょう油や豆板醤が置いてあったが、何もつけずに食べた。なんか胸やけしそうな感じだった。
宿に戻ると、早苗は帰っていて浴室から音が聞こえた。シャワーを浴びているのだろう。早苗はすぐにでもシャワーから出てくるかもしれない。急いで、メモ帳から一枚紙を切り離してメッセージを書き、バスルームのドアの前におきロビーに行った。
ロビーには女主人がいて暇なのか、会話をしようとしてきた。日本の富士山についてのテレビ番組を見たらしく、「あれは素敵な山だな」という感じの話だ。イギリスは平坦なので高い山には憧れがあるのかもしれない。こっちはそんなに英会話が達者ではないので、身振り手振りで答えた。しばらくするとシャワーを終えた早苗もロビーに来て会話に加わった。女主人は紅茶をごちそうしてくれた。それで話題がお茶のことになり、そして早苗は意外にもtea ceremony(茶道)をやっていることがわかった。会話が途切れたところで部屋に戻った。
「俺、もう寝るよ」
「うん。そういや、もうシャワー浴びたみたいね。私、少し本読んでていい?こっちのベッドのランプだけで十分だから」
「かまわないよ」
本当は全然眠くなかったのだが、彼女と話すのがおっくうだった。もっとも女性が同じ部屋にいるわりには、自分はまだ結構冷静でいられた。
しばらくして、早苗は本を読むのをやめて何かごそごそと音をたて始めた。何かを書いているような音だったので、多分日記でも書いているのだろう。その後、カチっと音がして部屋が暗くなった。丁度、自分も少し眠くなってきた。これで眠れると思った。
しかし、早苗はまだ何かしている。衣擦れの音から、何か衣類を脱いだようだった。なんだって服なんか脱ぐんだろう?いつもの習慣なのだろうか?もう一度眠気を引き戻そうとするがなかなかできない。
何気なく早苗の方を見ると、部屋に明かりがないものの、外の明かりで早苗の体の線が浮き出た。また、眠気がどっかにいってしまう。早く自分のベッドに入ってくれないかなと願うが、ベッドの横で立って何かしている。こっちが眠っていると思っているので、大胆になっているのかもしれない。彼女はやっとベッドにはいり横になった。
ただし、眠気の方はどこかに行ってしまった。天井を見つめ、明日何しようか考えてみる。バースに行く予定にしていたが、そんなに面白い町なのだろうか?ローマ時代の遺跡なんて見たってつまらないのでは?その後行くストーンヘンジのほうがやはり面白そうだ。神秘的な光景が見られるかもしれない。
小一時間たったが、まだ眠くない。それにのどが渇いてきた。ついに我慢できなくなり、起きてバスルームに行った。コップで水を飲み、またベッドに戻った。その時、早苗がまた動き出した。彼女もまだ眠っていなかった。同じようにベッドから出てバスルームに向かった。バスルームのドアを開けたとき光が彼女の姿を明るく照らした。自分が眠っていないことを早苗は知っているはずだ。つまり自分の姿がみられているかもしれないことは分かっているはずだ。我慢できなくなって、早苗がバスルームからでたところで、言葉をかけた。
「なあ。早苗ちゃん。裸で動き回るのやめてくれないかな。俺も男なんだぜ」
早苗は布団に入りながら言った。
「あ、ごめん。パジャマ着てたんだけど暑くて。気にしないで」
「気になるからいってんだよ。早く寝てくれよ」
「なによ。いつ寝ようが私の勝手でしょ」
「あのさ。常識から言って家族でもない人間の前で裸になるのは普通じゃないだろう」
「ここは寝室で寝る格好するのは当然でしょ。山小屋だって男女混合なんだから。それに、裸じゃないよ、ちゃんと服着てるわよ」
彼女の論理は結構理にかなっている気がしたので、次の言葉が出てこない。それどころか、もしかしたらおかしいのは自分の方かもしれないという気もしてきた。
「じゃ勝手にしてくれ」
「勝手にするわよ」
その後は興奮して眠るどころではなかった。しかも言い負かされて興奮しているのか、裸に近い姿を見せられて興奮しているのか、それともしなくてもいい喧嘩をしてしまって興奮しているのがよく分からなかったので、自分に腹が立った。しかし、空が白み始めたころ、やっと眠りに落ちた。
朝方うとうとしている時、早苗が起きだして、しばらくすると部屋を出て行った。朝食には早いので、散歩か何かと思った。自分はまだ眠かったので、そのまま布団の中にいた。そして8時前に起床した。隣のベッドを見るとすっかりきれいになっている。早苗の荷物はもうなく、唖然としてしまった。ベッドの上に書き置きがあった。
「誠司くん、ゴメンネ。喧嘩するつもりはなかったの。私は、エクセターに行きます」
それを読んで、がっかりしてしまった。もう一度、直接話して仲直りしてからでも別れることができたのでは?そんな気がした。
気をとりなおして、食堂に行った。しかし、いつものベーコンエッグとトーストを食べながらも、早苗のことが頭から離れなかった。自分はこれからバースに行くことにしていたが、早苗を追ってエクセターにでもいってもみようか?そんなバカな考えが少し頭をもたげた。
食堂の隅に置いてあるコーヒーメーカーから、コーヒーを注いでいる間に、はっと重要なことを見落としていたことに気が付いた。あの書き置きには確かに「誠司君」と自分の名前が書いてあった。しかし、早苗に教えたのは「せいじ」という読みだけで、漢字までは教えていない。なぜ、あいつは俺の名前を正確に書けたのだろう。「せいじ」という読みの漢字の組み合わせはざっと百種類ぐらいはあるはずだ。俺はバックパックなどの持ち物に名前を書くようなまめなタイプではない。彼女が何かの機会に俺の手帳かパスポートを見たことも考えられる。
もしかして、彼女はスリ?今朝、俺の貴重品はあっただろうか?いやスリのはずはない。書き置きを残していくスリなんていない。それじゃなぜ?やはり彼女が何らかの理由で、俺のパスポートを盗み見したのだろうか?いや、そんな人間とは思えない。思考がそこまで来て、もうひとつの可能性が頭に浮かんだ。彼女は初めから俺を知っていた...。
(つづく)
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