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【連載小説】 ツインルーム (5) ひとみ
これまでのあらすじ
大学院生の小田切誠司は海外旅行先のロンドンで早苗と名乗る同年代の女性と知り合い、行動を共にする。しかし、早苗は突然リバプールで消えてしまう。誠司には離婚して別居している母がいるが、早苗がその母となんらかの関係あるのではないかと疑い始める。帰国後母と電話で話すことになり、その女性は「ひとみ」であると告げられる。
最初から読む人は下からどうぞ。
〜5〜 ひとみ
俺は会話を続けた。
「ひとみって名前なんだ」
「あの子のことはお父さんからどれぐらい聞いているの?」
「何も聞いていない」
「そう。別に秘密にしてたわけじゃないんだけど。誠さんらしいわね」
そこで一呼吸あって、母は話を続けた。
「ひとみはね、姉の子なの。要するにあなたのいとこなの」
そこで、自分の頭の検索機能に「母の姉」という単語がインプットされ、いくつかのリンクが出て来た。母の姉とは冴子おばさんに違いない。彼女は富山かどこかで高校の教師をしているとだいぶ前だが聞いたことがあった。「母さんの姉とは、冴子おばさんのこと?」
「そう。姉はいまあるところで塾の講師をして生計を立てている。ひとみはね、わけあって私と同居しているの」
「いつから?」
「かなり前から」
「なんか良くわからない。なぜ、そのひとみさんが...」
「私たちはあなたがヨーロッパ旅行することを夕食の時の話題にしていたの。それがこんなことになるなんて...。あの子はあなたに触発されたのか、『自分もバイトで貯めたお金でイギリスに行ってみたい』と言い出したの。もちろん、私はひとみがあなたとは関係なく旅行するものだと思っていた。だって、あの子がイギリスに行ってみたいという希望は何年か前からもっていたから。それは姉のこともあるのかもしれない。姉はね、有名私大の英文学科を卒業して、そのまま英国に留学して三年後に帰国して、高校の教師になったの。姉は容姿も良かったしマスコミ関係の仕事を探したんだけれど、結局だめだったの。高校教師をしている間も、もっと刺激的な仕事はないか探してたんだけど、結局うまくいかなかった。諦めた時、姉は三十を超えていて、婚期も逃してしまった。そして...。」
間があったので「そして何?」と言おうとしたが、その前に母は話を再開した。
「とにかく、姉は父親のいない子を産んでしまって、人目が気になって富山に移ったの。もうわかったと思うけど、その子がひとみなの」
「じゃ、ひとみさんは東京の大学に通うために母さんと同居しているってこと?」
「うーん。実はそうでもないの。だけどあなたにどこまで話したらいいかわからない。とにかく、私とひとみは叔母と姪の以上の関係なの。たぶんそのことを言わないと、なぜひとみがあなたを追いかけまわしたかが説明できない。私とひとみは、いまでは親子みたいな関係なのよ。実は今回のことが起きるまで、ひとみがあなたにそんなに興味があるとは理解してなかった。不幸な境遇で育ったのに、本当に明るい子で友達も多いし、そんな心の闇があるとは思っていなかった」
「そう。今の話で大体わかったよ。それに、こっちは迷惑したわけでもないんだ。ただ、早苗と言う子がどうして自分の名前を知っていたのかが気になっただけだから」
「ふふ、ひとみはそんな名前を言ってたの?彼女の親友の名前が早苗よ。でも、ひとみの言ってた通りね。ばれたのは、あなたの名前を書いたことから疑われたのに違いないって」
「じゃ、ひとみさんはこうなることはある程度予想はしていたんだ」
「違うの。ばれて初めて、なんでばれたかを考え始めて、メモにあなたの名前を書いてしまったことに気が付いたわけ。おっちょこちょいよね。だけど今回はかなり大きな親子喧嘩をしてしまった...。ごめんなさい。そんなこと、あなたにとってどうでもいいことよね」
「よくわからないけど。そうかもしれない」
「あなたはもう大人ね。そういう冷静なところはやはりお父さんに似たのかしら。これで大体あなたの疑問には答えたんじゃないかしら。それじゃもう遅いから切るわよ」
「わかった。お休み」
「お休み」
電話が切れてどっと疲れが出た。携帯電話をもった手のひらがじんわり熱くなっていて汗が出ていた。自分が冷静だって?冗談じゃない。でも、母親と話したら、どうして離婚したのか問い詰めてしまうかもしれないと思っていたが、実際はそんな感情は湧いてこなく、そういう意味では冷静だったのかもしれない。
それに自分や父を捨てたモンスターみたいな女ではないかと、気になっていたのだが、かなり普通だった。また、早苗と名乗った女性が母の姪のひとみであることが分かり、その点においてもなぞは解けた。もちろんいろいろ疑問もある。母とひとみがどういう経緯で同居するようになったのか?冴子おばさんは今どうしているのか?しかし、そもそもどうして母は離婚することを選択したのか、でも、それらのことは今はどうでもいいことのような気もした。母のこととなると、自分の脳が「そのことは考えるな」と信号を送ってくるのだ。
電話で母と話したことを父に告げた時、ついでにひとみのことを聞いてみた。予想通り、父はひとみのことを知っていたが、「あまり詳しいことは知らない」と言ってあまりその話をしたがらなかった。父は嘘をつくタイプではないので、本当に知らないのかも知れない。
今度は、冴子おばさんのことを聞いてみた。
「英語塾の講師をしていると聞いている。10年以上前になるが、体を壊したときひとみをお母さんに預けたようだ。今は一人暮らしらしい」
父から得た情報で、新しいものはひとみが10年以上母と同居していることだけだった。
一つ気になるとしたら、ひとみの自分に対する感情である。ひとみは本当に会ったこともない自分を兄弟のように思っているただろうか?どうしてだろう?そして今後、ひとみが会いたいと言ってきたら、会うべきだろうか?そんなことが頭をめぐらしたが、リバプール以来大きな目的が達せられた後だったので、脳の満腹感に邪魔されこれ以上考えることをやめてしまった。
(つづく)
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