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オーストラリアに原発は必要?

 私は今年初めにオーストラリアに永住目的で移住した。ありがたいことに、オーストラリア人にディナーやバーベキューなどに呼ばれることがよくある。そんなとき、自分が理工系の研究者だったので、科学技術関係の質問を受けることがある。これは単なる会話のための話題提供なのだが、オーストラリア社会における科学技術関係の時事問題に関して考える機会となった。前回の記事では、原子力潜水艦をアメリカから導入することについて記事を書いたが、それも上記のような友人たちとの何気ない会話がきっかけである。

 さて、今回は原子力発電についてである。また少し堅い話になり、楽しい話題ではないと思うが、オーストラリアをもっと深く知りたいと思っている方はぜひお付き合い願いたい。


原子力発電所建設計画の概要と原子力発電のメリット

 現在、オーストラリアに原子力発電所はなく、電力は火力、風力、太陽光などに頼っている。このような状況下、野党である自由党連合は「オーストラリアで原子力発電の推進すべき」と主張し、それを次回の国政選挙で争うつもりだ。オーストラリアは天然ガスに恵まれ、風力発電や太陽光発電などのグリーンエネルギーなどにも適した国土を有している。それなのになぜ?という疑問が湧くのは当然だ。

 以下が自由党のホームページにある原子力関係の彼らの主張の概要である。「労働党のやり方では電気代は上がるし、CO2排出を約束通り減らすことはできない」と主張しているが、それについては正しい気がする。

また補足資料として以下のより詳細な情報がある。

 上の情報によれば、ニューサウスウェールズ(NSW)州とQueensland州にそれぞれ2基、南オーストラリア(SA)州、Victoria州、西オーストラリア(WA)州に1基ずつ、海外の企業をパートナーとして原子力発電所を建設するとしている。このうち、SAとWAには小型モジュール炉(SMR)、それ以外はAP1000とかAPR1400などの日本で稼働しているような大型プラントの建設を検討している。SMRはまだ完成された概念ではないが、発電量を抑えて安全性を飛躍的に向上させた次世代プラントである。また、AP1000はいわゆる西日本や北海道にある加圧水型軽水炉の改良型で米国Westinghouse、APR1400は韓国KEPCOにより設計されており、すでに建設可能なプラントとなっている。

 さて、筆者が住んでいるSAを例にして詳しく見ていこう。上で述べたようにSAではSMRの建設が提案されている。周辺も合わせて人口100万をこえる都市である州都アデレードから北へ車で3時間半ぐらいの海沿いにポートオーガスタというSA中では7番目に大きい町がある。その近くのNorthern Power Stationが建設候補地に上がっている。
 アデレード近郊の発電所は市北部のOuter Harborと呼ばれる地域に集まっているが、ここではさすがに人工密集地に近いので州民に反対されると考えたのだろうか。(他の州においても、人工密集地近郊には置かず、車で数時間離れたところの既存の発電所サイトに建設する提案をしている)提案されているSMRは300MW程度の発電量になり、80%の発電効率とすれば年間発電量は約2100GWh、SAの年間総発電量は2022年の時点で約14,000GWhなので(以下のリンクを参照)、おおまかに言って総発電量の15%ほどが新しい発電所によって供給されることになる。もっとも、総発電量はどんどん増えていくので運転開始の頃には10%ぐらいになると考えるのが妥当だろう。

https://www.energy.gov.au/publications/australian-energy-statistics-table-o-electricity-generation-fuel-type-2020-21-and-2021

 上記リンクで分かるように、SAでは風力発電などの再生可能エネルギーの割合が高く、発電の変動が大きいが、ベースロードとして10%程度の原子力発電が見込めれば、CO2放出しない安定な電力源を得ることができるだろう。そうすれば2050年の実質zero-emission達成に向けて大きな一歩となりうる。他の州はまた多少は事情が異なるが、原発によるCO2を放出しないベースロード発電があることのメリットは同じだ。

 誤解を招かないように、もう少し正確に言おう。(面倒な人はこのパラグラフとを飛ばしてもらってもいい。)原子力発電は火力発電のように発電量を簡単には調整できない。すなわち再生可能エネルギーは常に予想し難い変動があり、その調整に火力発電が使われているのだが、原子力がその役割を肩代わりすることはできない。よって再生可能エネルギー発電の変動を平滑化したり需要の変動によって総発電量を調整する仕組みが必要である。すなわち、原子力を導入しても今のところ火力発電をすべて廃炉にすることはできない。原子力を導入しようがしまいが、火力を減らすのであれば、水素や電気によるエネルギーを貯蓄する非常にスマートなシステムを構築しなくてはならない。でもそれを完成させるにはまだまだ技術開発が必要だろう。そして、さらに電気料金も高騰するだろう。ただし、原子力を導入すればその負荷がいくらか軽減されると思われる。

原子力発電のディメリットは

 ここまでは主に原子力発電を導入することによるメリットについて述べてきた。ここからはデメリットに関して考えてみる。
 使用済み燃料の処理などのバックエンドは日本をはじめ多くの国で悩ましい問題となっている。自由党は「原子力潜水艦プロジェクトAUKUSで燃料を扱うことになるのでそれと同じように処理すれば良い」と言っている。
 原発だけでなく燃料製造施設、燃料再処理施設など、すべての原子力施設でのテロ対策などを含めたセキュリティ対策が必要になる。これは国際情勢の変化や某国のミサイル射程距離が伸びることによっては、コストが高くなるかもしれない。
 また、プラントの老朽化やヒューマンエラーによる放射能漏れは小さい規模のものならいつかは必ず起きる、と考えなければならない。これに対する地域社会の理解が不可欠だ。日本にように「原発は安全」と言い続けて、その後事故を起こしてしまっては、エネルギー源が他に豊富にあるオーストラリアではもう見向きもされなくなるだろう。
 また、電力会社に運転許可を与えるためには新しい政府組織が必要になり、新しい法律作りのために様々な技術的な知見が必要になる。そのためのコストも膨大だが、これまで原子力産業がなかった国では人員確保も容易ではない。
 それらのすべてのディメリットが原子力発電を導入するメリットに比べて小さいなら原子力は好ましいことになるが、それを正しく評価することは非常に困難だ。

その他の補足情報

 上でも述べたようにに、前回の記事でAUKUS(豪・英・米の原子力潜水艦に関する取り決め)について紹介した。どうせ原子力技術は導入するのでさまざまな技術開発をAUKUSと共有できることは利点だ。また、国民の原子力に対する心理的なハードルは低くなったと考えられる。
 AUKUSとの関係でもう一つ述べなくてはならないことは、この軍事協定遂行のため原子力技術者を大量に増やさなくてはならず、民間の原子力産業まで人員を回せない恐れがあることだ。セキュリティ上、外国人を容易にリクルートできない分野なので、個人的にはこの問題はかなり大きいと見ている。

 再生可能エネルギーをどんどん増やすには、エネルギー貯蔵技術の革新が必要であることはすでに述べた。リチウム電池や水素製造などに関しては、技術革新が進んでおりそのコストは下がり続けるだろう。無論、原子力に関しても徐々に安全性や経済性は改善されるだろうが、これまでの経緯から考えると、その技術革新の速度はエネルギー貯蔵技術のそれに比べて遅いと考えられる。よって、原子力をやっと導入できる時期には、再生可能エネルギーのデメリットがかなり軽減されているいるかもしれない。

おわりに

 以上が今回の記事だ。一度原子力を導入すると決めたら膨大な予算を振り向けるため容易に後戻りはできないだろう。しかしながら、今にところそのメリットが明確ではない。個人的には原子力そのものに反対ではないが、エネルギー源が枯渇するなどの喫緊の問題とも思えず、まだ更なる見極めが必要と考える。
 最後に、自分の周りの多くのオーストラリア人は「エネルギーはあるのだからわざわざ原子力を導入しなくてもいい」と考えていることを付け加えておきたい。


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