馬鹿な女になんて
なりたくなかったなあ。
そんなことをひとりごちて、スマートフォンをタップする。
無機質な青白い光の中で、温度のない文字の羅列が流れては消えた。
それらをぼんやり眺めてつつ、喉元にせりあがってくる焦燥感を宥めすかすだけ。文字たちはするすると視界を滑って、何ひとつ脳に留まることなく泡のように消えた。
次第に文字を追うことが辛くなり、丁度友人?の所属している地下アイドルグループのライブ配信にひたすら投げ銭をしたりもした。
実際にLIVEに行って(1回も間に合ったことは無いけれど)、宵越しの金は持たぬとばかりにその日の稼ぎをばら撒いたりした。
そんなことをしているうちに、今日という日がすぎていく。
とにかく、心に空いた穴を埋めたかったのだと思う。
心を麻痺させて何かをすり減らしながら金を稼いでも、親に、友人に、誰かに吸い取られていく。
それならばもう使ってしまえ、袖を無くせば振れもしないだろうと使っても、何も満たされることは無かった。
馬鹿みたいだ、親ガチャ大ハズレでごめんね、と泣きながら娘を思う。
娘さえいればいいという気持ちだけで頑張れない、こんな母親でごめん。
ずっと何かを埋めたかった。
ずっと何かから逃げたかった。
ずっと自分を消したかった。
金を稼げば埋まると思った。ずっと貧乏だったから。
でも稼いでも稼いでも吸い取られて何も出来なかった。
大好きな人を捨ててでも安定してそうな人を選んで、結婚という大義名分で親元を逃げたら逃げ切れると思った。支配先が親から旦那へ代り、相変わらず家族からの無心は続いた。
それらからも逃げた。ドクターストップを掛けられて働けなくなったけど、金の無心は止まらなかった。
一度母親にキレて女衒のようなことをしているとオブラートに包まず言った。そんな事はやめろと言われたので辞めた。でも結局10万単位の無心をいつも通りされたのでまた股を開く生活を始めた。
金をばらまけば埋まると思った。虚無感だけが募った。
何をしても埋まらない。
埋まらない理由に心当たりはある。
でも、あまりに馬鹿で傍迷惑な話だから見ないふりをしていた。
いつの事だったか、本当に我慢が出来なくて、恋しくて、何百万かけてもいいから元彼に会いたくて、話したくて、迷惑を承知で酒の力を借りて連絡をした。
99%返信はないだろうと踏んでいた。それでもいいと思った。ただ、私をもう一度視界に入れて欲しかった。相手の迷惑も考えない、馬鹿な女だ。
それなのに、どうしてかな返信が来た。
そして予定を合わせて会うことになった。
女になりたくないと思ってた。娘が産まれて、ようやく女の土俵から降りれたと安堵していたのに、いざ彼を前にしたら泣きそうになってしまった。
夫のことを、結婚生活で愛してなかった訳では無いと思う。でも誰と一緒になっても彼を越えられなかった。
その彼が、私のために時間を使ってくれた。
それだけで十分だったのに、私の知らない彼の話を聞いては泣き、好きが溢れてまた泣き、ずっとずっと好きだった、今でも好きだから勝手に片想いさせて欲しいと、彼の腕の中で泣いた。
彼には夢がある。あの頃と正反対になった私と彼の立場。苦しさは死ぬほど分かる。今一緒になったら甘えてしまうから、お互い落ち着いてその時にお互いに大切な人がいなければ、一緒になろうと言われて泣いた。
彼から貰った指輪を捨てられずつけて行った私だ。もう私は彼以上に好きになれないことを身をもって痛感してる。
待っててとも待ってるとも言えないからと言われたから、そんなこと言わないよ、人生何があるか分からないからねえと私も調子を合わせた。本当は何年でも待つつもりだ。
また会ってくれると言ってくれた。
好きだと、名前を何度も呼んでくれた。
落ち着いたら一緒になりましょうと言ってくれた。
それだけで私の何かが全て満たされてしまった。
傍から見れば馬鹿な女だと思う。
馬鹿な女になんてなりたくないと思っていたのに、今じゃ立派な脳内お花畑な馬鹿な女だ。
でも歳だし地獄を何度も経験して図太く生きてる私だから、もう馬鹿な女でいいと思った。
他人の目ばかり気にして、彼から逃げた後悔に苛まれる日々よりずっとずっとマシだ。
改めて、親ガチャ大ハズレでごめんよと思う。
でももう、細い細いこの縁を途切れさせたくない。
ああ、救いようがない馬鹿な女で、だけどこんなに幸せなら、もういいやっておもうんです。