第2回勉強会(2021.1.15)より 第2話
(勉強会の議論を連載していきます)
不都合な真実?
参加者はオンライン会議システムを通じて、講師のPC上で再生される動画に驚いた。無数の点が地球の周りにプロットされていく。「赤いのが使用を終えた衛星で黄色いのが使用中です。1976年時点でこれぐらい飛んでいるということです。」ビデオは1957年から時間を進めて、地球の周りを飛行している物体が増えていく様子がわかるようになっている。「数がどんどん増えているのがお分かりいただけると思いますが、それ以上に密集しているのが見えると思います」
1967年にアポロが月に向かった時は、何もない原野を進んでいったことだろう。アルテミス計画では海にびっしりと浮かぶペットボトルをかき分けるかのようにして月にたどり着くことになるのだろうか。現在地球の周りをまわる衛星は2020年5月時点で9568個。稼働中の衛星は把握されているが、これに加えてゴミが軌道上を周回している。使用を終えた衛星は、本来は軌道を離れ地球に再突入し燃え尽きればよいのだが、それに失敗したり故障したりするといつまでもゴミとして軌道上に残ることになる。そして同じ軌道上であればお互いにぶつかることはないが、少しでも違う軌道に乗っていると、弾丸の10倍のスピードで衝突する可能性がある。そうするといくつもの小さな破片が生まれてしまう。2008年にもアメリカとロシアの衛星が正面衝突し、2個が600個になった。
問題はこれらのゴミを回収する手段がないことだ。海に浮かぶペットボトルは、数の多さやコストの問題はさておき、物理的には回収できる。しかし海に溶け込むマイクロプラスチックを捕まえることが絶望的なように、軌道上を旋回するゴミ(デブリ)を捕まえる手段は確立していない。
軌道の話
木村教授はまず軌道とは何か、から説明をはじめた。物理学の法則に則っると、衛星が特定の高度を特定の速度で飛ぶ場合、地球の自転と一緒に回ることができる。地上から見上げると、いつも同じところに見え、つまり衛星からするといつも同じ場所に対して電波を送ったり、通信を中継するサービスをすることが可能となる。この軌道を“静止軌道”という。それより低いと、たとえば国際宇宙ステーションISSはわずか90分で地球を一周してしまう・・・つまり地上からみると時々しか見えない。
低い軌道には打ち上げるコストもあまりかからない。その代わり例えば日本上空にいられる時間は短いので、たくさん打ち上げなければならない。そして同じ機能をもったたくさんの衛星でサービスをする。代表例はGPSなどだ。どれかの電波を拾えば良い。しかし気象衛星などは常に日本を向いていてくれなければ困るので、静止軌道まで打ち上げなければならない。ISSは頭上500kmを旋回しているが、静止軌道に達するには3万6000kmも頭上に向けて旅をしなければならない。これは東京から大阪にいくか、地球一周するかほど違う。
静止軌道まで届けようとすると、失敗すると打撃が大きいので、衛星のほうもよりコストをかけて作成することになるが、低い軌道だと打ち上げコストが低く抑えられる代わりに、たくさん打ち上げなければならず、そうすると一台一台の衛星も安く作らなければならなくなる。そして低軌道では衝突しなくても故障するものも出てしまう。
デブリ回収のチャレンジ
次に木村教授はこれまでのデブリ除去のチャレンジについて、ビデオを使って紹介した。イギリスの会社が網を使って捕まえようとしている。実験用に打ち上げられた衛星から放出された網は、一度はデブリに絡むが、その制御が十分に行われているかというととても不安の残る画像で、無重力という環境で網のような柔軟なものを取り扱う難しさを非常に良く感じさせる結果となった。https://www.youtube.com/watch?v=RvgctXXzIYA
衛星は掴むところがないので、捕まえるのが非常に難しい。ということで、次にモリでつついて地表に落とす実験も行われたが、これもうまくいかなかったようだ。いずれもデブリを捕まえるためには、まずデブリと同じ軌道に乗り、相対速度ゼロにする必要がある。そのためにはデブリの位置を正確に知り、そこに向けてあらたな衛星を打ち上げなければならない。デブリの軌道は地上からのレーダー網による観測で、ある程度調べられているが、実際に近づくためには足らず、本当にデブリを除去するためには除去用の衛星が自分でデブリに接近する事が必要だそうだ。
木村教授は、画像から宇宙ゴミの位置を自律的に発見し、近づくためのカメラの開発に取り組んでいる。木村教授は“はやぶさ2”に搭載したカメラも作成されたが、「あれはゴミ除去カメラの副産物」なのだそうだ。
現在は1年間に2個ずつ取り除いてもデブリの増加は止まらず、5個ぐらいは毎年取り除きたいところだそうだ。その費用は誰がもつのか?全く答えが見えない中、ゴミは増え続けている。
逆転の発想、End of Life Support
そのような中、日本の宇宙ベンチャー企業、アストロスケール社は一つの答えを見出そうとしている。デブリ除去の事業に向けて今実験中だ。
衛星がゴミ、デブリになってしまった時、捕まえづらい。それであれば、打ち上げる前からゴミになった時除去する作業を契約し、捕まえられるようなアイテムをつけて打ち上げてもらうというものだ。まさに家電・PCリサイクルサービスの発想だ。
今アストロスケールがターゲットとしているのは低軌道だけだし、衝突事故などを起こし細かくなってしまった破片は除去できないだろう。サービスを終えた衛星しか回収できないかもしれないが、考え方を逆転させたことが大きな一歩だと言える。もし近い将来、全ての打ち上げ衛星にこの契約をすることが義務付けられたら、その事業はかなり確実なものとなるだろう。
参加者からは「自賠責保険みたいなものはどうか?」という意見もでたが、今はなによりもゴミを回収する技術が確立していないし、また実際事故があった時の状況を知る手段もないため、保険契約は難しい。少なくともカメラで状況を捉えることができればと木村教授は日々取り組んでいる。衛星を捕まえるための様々な技術の確立が急がれるが、アストロスケールが実験と実際のサービスを提供していく中で、あらたな技術革新や除去衛星のコスト低減が実現するだろう。そして、その技術やアイディアは、将来海中のマイクロプラスチックの解決にも役立つかもしれない。
(続く)