第3回勉強会(2021.4.19)より 第3話
(勉強会の議論を連載していきます)
第三回勉強会の3人目の講師は有人宇宙システム(Japan Manned Space Systems Corporation)JAMSSの佐藤氏だ。
光触媒による空気清浄化で宇宙をカイテキに
JAMSSは1990年に設立され既に社歴30年を超える企業だ。従業員は228名(2021年4月現在)、主に国際宇宙ステーションにおける日本の実験モジュール「きぼう」の運用・利用支援業務を24時間体制でおこなっている。しかし佐藤氏は自らの仕事を“ベンチャー”と呼ぶ。「国際宇宙ステーションはずっとあるわけではない。将来のためにベンチャー的な精神で何か作っていかないと」と言って、講演を始めた。
ISSはサッカー場の広さとは言われるが、人が居住する部分は一部分だ。それでも無重力で4面使えるため、見た目より広く感じるという。宇宙飛行士にとっては家と同じなので、トイレももちろんあり、「詰まることもあり、トイレ掃除は宇宙飛行士にとっては大変な作業です」。また、宇宙船が到着すると荷物が溢れ、サンプルや実験装置をどこに格納したがわからなくならないよう片付けるのは一仕事だそうだ。
宇宙飛行士は毎日運動時間が決められている。これを怠ると地球に戻ってきてから問題となるそうだ。またISSの中では動物実験なども行われており、運動や動物で生じた臭いを換気することができない。ISSの臭いについては気にならない人もいるそうだが、これから宇宙旅行が始まると、お金を払って旅行に行った人にとってはより快適な環境が必要になるだろうと佐藤氏は考えている。JAMSSがいま取り組んでいるのは、そんなステーション内の光触媒を用いた空気浄化サービスだ。
光触媒空気浄化とは、光触媒に光をあてることによって空気を浄化するものだが、この光触媒は日本初の技術であるため「海外に対し優位性を保てる」と言う。そして佐藤氏自身は、自分たちのビジネスは日本国内だけではなく、最初に宇宙旅行者がより出てくると思われる海外を相手にしていきたいと考えている。
JAMSSのアイディア
佐藤氏は、宇宙で揮発性のガスをキャビンで放出されるまえに除去する分散型の空気浄化を考えている。実は宇宙では、空気成分制御やCO2を除去するといったシステムの多くは集中型だそうだ。それらに対し、ポータブルの空気清浄機を部屋にあちこちに置くような運用をイメージし、宇宙飛行士の居室で消臭に使ったり、抗菌/ウイルスにも使えると考えている。また植物工場のラックにおけばエチレンガスを除去でき、アルコール洗浄後のアルコール除去手段にも使えるそうだ。そして宇宙のトイレの消臭にも使える考えている。
ところで光触媒自体は、空気清浄以外でも、さまざまなところで利用されている。たとえば燃料電池について、光をあてることによって水素を発生させるためそれを用いた発電機能、逆にみればここで水素が製造できるということで、素材製造にも用いられる。空気だけでなく水を浄化することもできる。従ってJAMSSでも、空気浄化からスタートし、技術やノウハウを蓄積しながらサービスを拡大していく予定だ。そしていずれは、月面の燃料製造と展開したいそうだ。
そんな佐藤氏が特に強調したのは電源をUSBでとれるように工夫した点。「宇宙に行ってから意外に困るのが、電源をどこから取れるかです。USBにしておけばパソコンがあれば充電/給電できます!」と強調した。
参加者からは、これはいくらか?他に何に使えるか?といった様々な質問が寄せられた。値段についてはほとんどが打ち上げコストで、装置そのものは手作りに近いと佐藤氏が答え、他には洗濯ができないので衣類に使えるのでは?水が貴重な地域での利用はSDGsだ!といった声が沸きでた。ちなみにこれらは既に実現しているのは周知の通りだ。JAXAの経験を生かした抗菌素材などはいつくかのメーカーで扱われている。以前食品産業を担当していたアナリストは「以前から、宇宙食を作っている食品メーカーをみて“こんな匂いの強そうなもので大丈夫かな?”と思っていました。やはり匂うのですね・・・」と苦笑していた。
民間が延びるためにより良い政策を!
佐藤氏には、JAMSSはISSで初めて自社の装置を使ってコマーシャルサービスを行った日本企業である・・・という自負がある。もちろん運用支援サービスのことではない。JAMSSは、高品質タンパク質結晶サービス「Kirara」という装置を、ISSで実験を行う欧州のモジュールに提供している。JAMSSが契約をしているベルギーの会社が、タンパク質結晶生成の実験装置を設置する場所を提供しているためだ。
実は日本にも、国際的に優位性のある技術があるにも関わらずベンチャーが育ちにくい点について佐藤氏は次のように分析している。NASAは宇宙開発において、民間企業に業務を委託するだけではなく、企業のサービスを普通に購入している・・・企業からみたら“国から受託”を取ろうとするのではなく、NASAを一顧客としたサービスを開発し提案することができる、これがベンチャーが育つ土壌だという。これは欧州の宇宙機関ESAも同じだそうだ。結局国家予算であり、一見同じようにみえるかもしれない。しかし公共の受託で特定の企業がその契約のもとに技術開発を行うのと、民間企業が初めから自社のビジネスをうちたてて顧客として国に提供するのでは、事業としての自立性や、活性化のための前提は全く異なる。受託をした企業は受託条件を満たしていても、その技術をもとに事業を起こすことは収支とあわないなどの理由により取り組まないかもしれないし、そもそも事業化に向かない方式で対応させられるかもしれない。初めから事業化があって、顧客としてNASAを考えればイニティアティブは企業側にあり、事業を起こすために外せない条件があれば、それを充足することができる。(できなければNASAに提案しないだけだ)
しかし、幸いにもNASAやESAが受け入れる民間企業とは、自国籍の企業だけではないようだ。既に日本のベンチャー企業がNASAから受託している。ということは日本で宇宙開発に取り組む企業の想定将来市場規模には、NASAやESAの予算も含めることができるわけだ。
国家戦略の重要性
イノベーションを伴い、大きな投資額を必要とし、政策等によって成否がかわる事業が投資マネーをひきこむには、国家戦略となんらかのコミットができるかどうかは鍵になる。産業にインセンティブをあたえる国家戦略も求められるし、またそれに合わせた市場の整備も国家の役割であることは、日本がつい最近まで遠い未来の話だった水素社会へ短期間で舵を切った例にも現れている。参加者の一人は、米国に比べてはるかに少なくても予算が増えていることに安堵しつつ、金融業への国の検討の有無を質問した。佐藤氏が期待するようにこれから宇宙旅行が新たな市場として確立していくなかで、当然旅行保険や決済サービスも必要となることが予想されるからだ。しかし文科省の委員会のメンバーでもある木村教授でもそのような動きはまだ把握していなかった。7月20日、米国では初の民間宇宙旅行が行われた。おそらく海外ではもうとっくに議論を行なっているかもしれない。日本でも、企業の成長、将来の経済発展のためにも、より強いイニティアティブが急がれるのではないだろうか。