第2回勉強会(2021.1.15)より 第3話
(勉強会の議論を連載していきます)
日本で成功の先行事例を
3人目のスピーカーである白坂成功氏は、2017年から慶応大学で教授をされているが、Synspectiveというベンチャーの創業者だ。「Synspectiveという社名は、Synthetic Data for Perspectiveという言葉を縮めた造語です。我々は持続可能な開発というSustainable Developmentのためにデータを統合しようということを掲げています」と話し始めた。
白坂教授は某メーカーから2015年に内閣府のImPACTプログラムに参加し、そこで開発した技術をもとに起業した。ImPACTとは、政府の“実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指す、ハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発の推進”のためのプログラムだ。白坂教授らがどんな“ハイインパクト”を目指したかと言うと、超小型・レーダー技術だった。レーダーを搭載した衛星からは光学カメラと違い、曇りの日でも夜間でも撮影ができるという強みがある。
グーグルマップから投資情報に用いられるオルタナデータまで、現在多くの衛星写真が活躍しているが、いざ衛星から撮影しようとすると1日の半分は夜で、さらに雲に邪魔をされる。レーダーであればいつでも測定が可能で、立体的に把握でき、同じ場所を違う時間で測定することによってその変化も検知できる。つまり土地の隆起・沈降を知ることができ、地下工事や災害防止に役立つそうだ。
しかし白坂教授がこの事業に着手した動機は「早く日本でビジネスとしての成功事例を作りたい」ということだったそうだ。光学ガメラによる衛星写真の需要は大きく伸びた。だから光学カメラよりシャッターチャンスの多いレーダーにはもっとチャンスがあるはずだ。宇宙というより、宇宙から地球をみるサービスとしてニーズは強いと白坂教授は考えている。
ベンチャーを立ち上げる苦労
2018年にSynspectiveを立ち上げて、すでに17か国出身の100名を超える従業員が従事している。2019年に資金募集して、100億円近く集めることに成功した。前述のようにレーダーは地上の数ミリの変化を捉えることができ、地下工事などで役に立つ。昨年ニュースになった外環トンネル工事で発生した陥没については、レーダーからも沈下が起きていたことが確認できたそうだ。ImPACTプロジェクトで得られた強みは、それまでドイツやイスラエルで作れられていたものに比べて、格段に小さく(軽く)安く作ることができた点だ。軽ければ打ち上げ費用も下げることができる。たとえばドイツで1Kg以上、イスラエルで300Kgだった衛星を100Kg以下で作り、費用はそれぞれ100億円以上と言われる中で、5億円以下で製造できた。
それでも資金集めには苦労した。有力 VCにあたっても “技術が評価できないので出せない”と言われたこともあったそうだ。白坂教授自身も、金融機関が他の会社の評価をしなければならない時 “この技術どうなの?“と聞かれることがあるそうだが、みんなそうして別の人に聞いたのだろうな・・・と思いながらも、なかなか分かって貰いにくいものなんだなと痛切に感じたそうだ。
「20年みてくれたら・・・20年で儲かる事業なら作れると思うが、3〜5年では難しい。もう少し中長期目線で投資してくれたら・・・」と思いながらも、投資家の躊躇もよく理解できる。人工衛星だけでコストを下げられたといっても5億円、別途打ち上げで10億円かかる。データ利用の方がもっと進まなければ、なかなかその価値を理解しづらいだろう。
しかしデータ利用を活性化させる為には、データの蓄積やある程度の衛星の数も必要となる。低軌道のため日本上空には時々しか滞在しない。そうすると数多く打ち上げなければ効果も薄い。“鶏と卵”だが、今はまだ光学カメラの写真と違い、レーダーによる衛生データは多くなく、同じような衛星データを扱う“ライバル”同士で協力をしてやっている状況だそうだ。
本当にやりたかったこと
そんな白坂教授が本当に実現したいのは、災害対策だ。合成開口レーダーのデータビジネスを立ち上げ、多くの衛星を打ち上げることができたら、その後この情報を災害対策に使えるようにしたいと考えている。「災害があって3時間以内にデータを届けるというのを実現したいのです」レーダーのデータは、外環工事による陥没のような事故を防止したり、水害の時の状況を把握したりすることに役立つ。他にも住宅地の状況、道路の混み具合などいろいろなことができると思うが、どのようなビジネスに生かせるのか自分たちだけでは判らないため、できるだけいろいろな人の意見を聞きたいと考えている。そのために、今回もこの勉強会にきて話してくれた。
色々とまだ技術的な課題もある。ひとつは、レーダーは光学カメラより電力を大幅に必要とし、連続撮影ができないということだ。この解決には更なる省電力などが求められる。一方で、利用について数十人の投資家がいてもなかなか「このデータが欲しい」というアイディアを出すことは難しい。投資情報としてもっとも価値が高いのはリアルタイム情報だが、光学カメラのように直感的な情報ではないため、測定後に分析が必要となる。今もっとも関心を示しているのは、同じ金融でも保険系だそうだ。
勉強会の後、ある参加者は(自らも投資家であるのに)「3年から5年後で利益が出るものにしか投資できなければ、日本の将来が心配」という意見や、「リスクをとれるのは金融より事業会社なのだろうか」という感想をもらしていた。しかしこのような場に集うことが第一歩だ。これを繰り返すことが、やがてお互いクリエイティブなアイディアが生まれてくる土壌となるだろう。