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銀河鉄道の夜 コメンタリー IB
IB Japanese A Literature HLの練習に書いたやつ。
提出していないから、点数などは特にない。
ここでは、宮沢賢治著『銀河鉄道の夜』(角川文庫 令和二年版をテキストとして使用)のコメンタリーを述べる。最初に著者について、次に大要について、三つ目に主題について、四つ目にタイトル・冒頭部分・結末部分と主題の関係について、五つ目に登場人物の役割について、六つ目に文学的テクニックについて、最後に個人的知見について述べる。
最初に著者について述べる。
著者である宮沢賢治は1896年に岩手県花巻市で父宮沢政次郎と母イチの長男として生まれた。家業は質・古着屋であり裕福な家庭環境で育った。1903年から1909年、花城尋常高等小学校に在籍。六学年全甲(現在でいうオール5)であり、優等賞、精勤賞を受ける。また、小学校時代から鉱物採集をはじめとする自然に興味を持ち始め、その知識がのちの執筆作品に散りばめられている。1909年から1914年、岩手県立森岡中学校に在籍。中学校在籍時、盛岡市北山の浄土真宗願教寺で、僧侶であった島地大等の法話を聞いたと推定される。そして、1912年11月、父宛の手紙に「小生はすでに道を得候。歎異抄の第一頁を以て小生の全信仰と致し候」と書いた。このことから、当時宮沢賢治は浄土真宗を厚く信仰していたことが読み取れる。この浄土真宗への厚い信仰は、仏教的象徴などを作品に含ませるなど宮沢賢治の創作に多大な影響を与えた。一方で、宮沢賢治はキリスト教とも関わりがあった。これは、『銀河鉄道の夜』がキリスト教の教えを多く含んだり、アダムとイブが連想できる「苹果(りんご)」をシンボルとして用いたことからもわかる。1915年4月、盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)農学科第2部(のちに農芸化学科と改称)に首席で入学。第2部の関豊太郎主任教授と出会い、同教授から生涯にわたり指導を受けることとなる。1918年3月、同学校を卒業。4月に行われた徴兵検査(当時日本は徴兵制度であった)の結果、第二乙種(現役は免除されるが、補充兵役には適すること)となり、兵役を免除される。同月、盛岡高等農林学校(官立旧制専門学校)の研究生となる。しかしながら1921年1月、突然家族に無断で上京する。家族に浄土真宗から日蓮宗への改宗を進めたが、家族がそれに反したため、上京して日蓮宗の信仰団体、国柱会に入会し、法華教の布教に従事しようと志したためでもある。1921年、所属していた国柱会(宗教団体)の理事、高知尾智耀(たかちおちよう)から「ペンをとるものはペンの先に信仰の生きた働きがあらわれる」と聞かされ、旺盛な創作活動を始める。そしてこの年、代表作の一つでもある『どんぐりと山猫』、『注文の多い料理店』などを執筆する。同年12月、「愛国婦人」に『雪渡り その1』を発表し、生前得た唯一の原稿料と言われる、5円(現代における2万円)を貰う。宮沢賢治には4人の兄弟がいたが、とりわけ長女のトシと仲が良く、生涯を通して精神的支えになったと言われている。しかしながら、トシは1922年、24歳の若さで結核によって亡くなってしまう。宮沢賢治は、トシが亡くなったときに押し入れに頭を突っ込んで号泣したと言われている。この最愛の妹を失った経験が、自らの価値観の確立に影響したと言えよう。宮沢賢治の癒されない深い悲しみは、トシが亡くなった際に書いた『永訣の朝』、『無声慟哭』、『青森挽歌』の三つの詩からも読み取れる。1933年、宮沢賢治が37歳の時、急性肺炎のため故郷の岩手県稗貫郡花巻町(現在の花巻市)にあった実家で息を引き取る。死後、さまざまな傑作が世間に発表された。代表作に、『銀河鉄道の夜』、『雨ニモマケズ』、『注文の多い料理店』、『風の又三郎 』、『セロ弾きのゴーシュ』などがある。これらの作品は発表後高く評価され『銀河鉄道の夜』をはじめ、様々な作品が映画化、アニメ化されている。また、宮沢賢治の名前を冠した文学賞「宮沢賢治賞・イーハトーブ賞」が設立された。
次に大要について述べる。
『銀河鉄道の夜』は1934年、宮沢賢治の死後、発表された童話である。1924年から書き始められたと言われているが、何回も推敲を重ねているため、書かれた年を特定するのは難しい。また、推敲のたびに大きな書き直しが何度も行われ、この作品は未完成のまま遺されたものである。『銀河鉄道の夜』は、働きながら学校に通うジョバンニと、親友のカムパネルラが銀河鉄道に乗って銀河を旅する童話である。『銀河鉄道』は、「では、みなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」(同書 150頁)と教室で教師から銀河について問いかけられるシーンから始まる。しかし、ジョバンニとカムパネルラは答えられない。学校が終わった後、ジョバンニは病気がちの母のために牛乳を貰いに行くついでに、銀河のお祭りを見に行く。しかしながら牛乳は貰えず、丘の頂上で星に想いを馳せる。すると、「銀河ステーション、銀河ステーション」と不思議な声がした後、明るい光がジョバンニを包む。そして気が付いたら、ジョバンニはごとごとと走る銀河鉄道に乗っていた。前を見ると、そこには濡れた服を着た親友のカムパネラがおり、友人のザネリは帰ったと言う。そして、二人は鳥捕りをはじめとする様々な人と出会いながら、銀河を旅する。ジョバンニとカムパネルラが最後に出会ったのは、客船の沈没で命を落とした姉弟だった。その姉から蠍(さそり)の火の話を聞く。小さな虫などを殺して生きてきた一匹の蠍が、いたちに食べられそうになった時、「みんなの幸のために私のからだをおつかい下さい」と神に祈ったというのだ。その話をきいたジョバンニは、カムパネルラに「みんなの幸のためならば僕の体なんか百遍灼いても構わない。」(同書 218頁)と言う。ところがジョバンニは、「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」(同書 219頁)と新たな疑問が浮かぶ。しかし、カムパネルラはその話を少し避けるように「あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのはぼくのお母さんだよ。」と叫ぶ。ジョバンニがそちらを見て振り返ると、カムパネルラはいない。ジョバンニは咽喉(のど)いっぱいに泣きだし、眼を覚ますと、元にいた丘で、頬につめたい涙を流していた。そして牛乳を貰い、河原に行ったジョバンニは、カムパネルラがザネリを助けようとして溺れたことを知る。河原にいたカムパネルラの父にジョバンニは銀河鉄道での出来事を話そうとするが言えない。すると、カムパネルラの父が、ジョバンニの父が帰ってくることをジョバンニに伝える。その知らせを聞いたジョバンニは、胸いっぱいになりながら母が待つ家に「牛乳」を持って帰り、物語は終わる。
三つ目に主題について述べる。
宮沢賢治は、『銀河鉄道の夜』において、妹の代わりに死ねなかった、助けられなかった辛さを童話化して伝えているのではないか。『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治と一番仲の良かった妹、トシが亡くなった後に書かれている。『銀河鉄道の夜』において、主人公のジョバンニと親友のカムパネルラはしばらく銀河を旅するが、カムパネルラは天上に、ジョバンニは現世に行く。このことから、ジョバンニとザネリは宮沢賢治を、そしてカムパネルラは妹のトシを表していると考えられる。カムパネルラは、溺れている友達のザネリを救うために死んでしまう。自己犠牲による死である。ザネリが宮沢賢治であるとすれば宮沢賢治はトシが、自分の身代わりに亡くなってしまったと考えたのではないか。自分が死んだら、もしかしたらトシは助かったのかもしれない。そう考え深く哀しみ、苦しみ、自らの救いの一つとしてこの童話を書いたのではないか。さらに、カムパネルラによって助けられたザネリは、ずっとカムパネルラが犠牲になったことで生きているという負い目を持たなければいけない。そういった「トシの代わりに生きている」という責任を表明するためにもこの童話を書いたのではないか。また『銀河鉄道の夜』を通して、「牛乳」が象徴として描かれている。宮沢賢治が厚く信仰していた法華経において、「牛乳」は復活の象徴とされている。なぜなら、仏教の開祖である釈迦が悟りを開こうと断食をし、釈迦の空腹の限界が差し迫った時、スジャータという少女が差し出した乳粥を食べ、復活したと伝えられているからである。『銀河鉄道の夜』の冒頭、ジョバンニは牛乳が貰えなかった。すなわち、スジャータのように、トシに牛乳をあげられなかったから、トシは亡くなってしまったことを表しているのではなかろうか。ここから、自分のせいでトシが亡くなってしまったという宮沢賢治の後悔が読み取れる。しかし、最後、ジョバンニは牛乳を手にする。これは、トシがイエスのように復活するのではないかという宮沢賢治の微かな希望を描いているのではないか。
四つ目にタイトル・冒頭部分・結末部分と主題の関係について述べる。
『銀河鉄道の夜』は多くの伏線が使われている。作品の冒頭部分で、ジョバンニ達の先生は銀河(英語ではMilky Way)について質問する。これは、ジョバンニとカムパネルラが銀河を旅する事の暗示である。また、「Milky Way」、すなわち牛乳の存在を仄めかすことで、この作品において牛乳が重要な役割を示すことを暗示している。そして、ジョバンニは母のために牛乳を取りに行くが、貰えない。これは、主題でもある「トシを救えなかった後悔」を暗示している。また、ジョバンニのお母さんは「川へははいらないでね」(同書 159頁)とジョバンニに言う。これは、川の危険性を暗示し、ザネリが川で溺れてしまったことで、カムパネルラが身代わりに死んでしまうことへの伏線である。また、ジョバンニは、お母さんの忠告に「ああ僕は岸から見るだけなんだ」(同書 159頁)と返答する。これは、二人が同じ銀河鉄道に乗って旅をし、カムパネルラが天上に行ってしまうのに対して、ジョバンニは現世に戻ることへの伏線である。ジョバンニが、カムパネルラと分かれて現世に戻ってくることは、最初から暗示されているのである。『銀河鉄道の夜』における結末は、伏線の実現とともに、主題を直接表している。まず、序盤で引かれていた伏線の実現としてカムパネルラは天国へ行き、ジョバンニは、元の丘に戻る。また、牛乳が結末でも描かれている。ジョバンニは、牛乳を手に入れ、病気がちの母のもとに戻るのである。これは、先ほども述べた、「トシが復活するのではないか」という宮沢賢治の微かな希望を描いているのではないか。また、タイトルである『銀河鉄道の夜』は、死を連想させる「夜」という単語が入っている。すなわちタイトルは、カムパネルラが死が約束された存在であることを暗示する、一つ目の伏線なのである。
五つ目に登場人物の役割について述べる。
『銀河鉄道の夜』には、主要登場人物が3人いる。主人公のジョバンニ、親友のカムパネルラ、そして友人のザネリである。宮沢賢治は、この三人のネーミングを物語の伏線としたと考えられる。最初に、ジョバンニはキリスト教におけるヨハネにちなむ、イタリア語の人名である。キリスト教におけるヨハネは2人いる。洗礼者ヨハネと使徒ヨハネである。洗礼者ヨハネは、『新約聖書』に登場する古代ユダヤの宗教家、預言者である。洗礼者ヨハネは、貧困によって困っている人々を差別したり、蔑んだりする心を罪と考えた。これは、宮沢賢治の思想と一致する。なぜなら、宮沢賢治は家業であった質屋を「貧しい農民からお金を取るようで嫌だ」、と継がなかったことからもわかる通り、農民たちに寄り添った存在であるからである。すなわち、ジョバンニという名前は、宮沢賢治を象徴していると暗示しているのである。もう一人のヨハネは、使徒ヨハネである。使徒ヨハネは、『新約聖書』に登場するイエスの使徒(イエスの弟子)の一人である。使徒ヨハネは怒りっぽく、「ヤコブの兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。」(マルコによる福音書 3:17)の通り、イエスから雷の子と呼ばれていた。一方で宮沢賢治は、「おれはひとりの修羅なのだ」(宮沢賢治著 春と修羅)と自らが「修羅」であると感じていた。筆者はトシが亡くなった怒りが、宮沢賢治を修羅にさせたのだと解釈する。宗教は違えど宮沢賢治は修羅に例えた自分と、雷の子使徒ヨハネに共通点を感じ、自己投影の一種として主人公をジョバンニと名付けたのではないか。また、使徒ヨハネは『ヨハネの黙示録』で知られる。『ヨハネの黙示録』は、神の言とイエス・キリストのあかし、すなわち自分のみたすべてのことを書いた黙示録である。『ヨハネの黙示録』によると、悪がはびこっていた世界でサタン(神の敵対者)をはじめとする様々な悪と、神の民は戦い、勝利を収める。そして、イエスが再臨して神の国が再建する。つまり、「世界の終末における善の勝利と、新しい世界の到来」である。宮沢賢治は、トシが亡くなってしまったのは自分のせいあり、だからこそ自分が修羅だと思っていたと筆者は考える。そこで、自らを投影した登場人物にジョバンニと名づけることで、自分が滅びてしまいたい、という深い哀しみを暗示したのではないか。また、自分が滅びることでイエスが再臨する、すなわちトシの復活を望んだのではないか。次に、ジョバンニの親友であり、一緒に銀河を旅するカムパネルラは、イタリア語で「小さい鐘」を意味する。キリスト教における鐘の役割は、死者への祈りである。よって、カムパネルラという名前自体が、カムパネルラが死を約束された存在であることを暗示する2つ目の伏線であると考えられる。また鐘は、古来から時刻を伝えるために使用されていたとおり、町中に響く。だからこそ、宮沢賢治はトシを象徴する登場人物にカムパネルラと名づけ、宮沢賢治にとってのトシの存在の大きさを表現したかったのではないか。最後に、カムパネルラが溺れてしまう直接的な原因となった友人のザネリは、イタリア語のZanniがなまったものと考えられる。Zanniは、トリックスター(秩序を破り物語を展開するもの)としての代表格的なキャラクターである。よって、ザネリというネーミングは、登場人物であるザネリが物語においてトリックスター的な役割を担うことを暗示している。次のパラグラフにおいて、トリックスターについて詳しく述べる。
六つ目に文学的テクニックについて述べる。
『銀河鉄道の夜』において宮沢賢治は、先述したトリックスターのほかに、場面変化における風の使用とオノマトペという、特徴的な文学的テクニックを使用している。まず、トリックスターについてである。トリックスターとは、物語を展開するのに使用されるキャラクターである。また、トリックスターは主題を導くのに大きな役割を果たす。もしも、トリックスターであるザネリがおらず、カムパネルラが別の理由で死んでしまったら、宮沢賢治は「トシを失ってしまった辛さ、自分が身代わりになれなかった辛さ」を表現できなかったのではないか。よって、ザネリというトリックスターは、物語を適切に引っ掻き回し、宮沢賢治の主題を効果的に伝えるという効果がある。次に「風」と場面変化についてである。『銀河鉄道の夜』において、場面が変化するときに風の表現が多用されている。例えば、「汽車の中はもう半分以上も空いてしまい俄かにがらんとしてさびしくなり風がいっぱいに吹き込みました、」(同書 217頁)という一文である。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒言行録2章)からもわかる通り、キリスト教において「風」は神の霊であり、「風」が吹いたため民族、言語を超えて、イエスを信じる心のもと共同体が作られたと考えられている。そんな「風」がこの作品において、場面が変化するとき使用されていることによって、この作品の神秘性を高めている。また、神の霊と考えられる「風」の使用は、亡くなってしまったトシの息吹を表しているのではないかと筆者は考える。先述した『ヨハネの黙示録』では、最後に善が勝ち、新たな世界が創造されると考えられているが、「風」も新たな共同体の創造を創造する要因である。よって宮沢賢治はトシによって、宮沢賢治にとって、「善い新たな世界」が創造されたということを表現したかったのではないか。最後にオノマトペである。『銀河鉄道の夜』では、独特のオノマトペが多数使用されている。例えば、「ちらちら」(同書 171頁、天の川の水が流れる音)や、「ごとごとごとごと」(同書 182頁 鉄道が走る音)などである。このような宮沢賢治独特のオノマトペを使用することによって、『銀河鉄道の夜』という作品を唯一無二のものにし、読者を惹きつけて離さない。だからこそ、この作品は聖書のように世代を超えて愛される名著なのである。
最後に個人的知見について述べる。
『銀河鉄道の夜』は、宮沢賢治自身と彼の理想を投影した作品である。ジョバンニ、カムパネルラ、ザネリという3人の登場人物は、宮沢賢治が自己投影した登場人物であると考えられる。宮沢賢治は、ジョバンニのように友を見送るも、自分は天国にいけない。そして、復活のシンボルである牛乳を手に入れたいがカムパネルラを見送るまで手に入れられない。カムパネルラはトシであると同時に、宮沢賢治の理想を投影した人物でもある。カムパネルラはザネリの身代わりとして死んでしまうが、カムパネルラのように自分もトシの代わりに死にたかったという切ない理想を表現しているのではないか。さらに、宮沢賢治は、トシが無事に成仏することを自分の中で納得させたかったのと同時に、せめてもの償いにトシを見送ってあげたいという祈りを『銀河鉄道の夜』に込めたのではないか。宮沢賢治が信仰する法華経では、人は誰でも平等に成仏できると説かれている。しかし宮沢賢治はトシが亡くなった時に、本当に平等に成仏できるのかと不安になったのではなかろうか。だからこそ、ジョバンニとカムパネルラに銀河鉄道の中で、最後には天上(天国)に行く、様々な乗客と出合わせ、最終的にはカムパネルラも天上に行くと描いたのではないか。そしてこのことを童話として描くことで、自分を納得させたのではないかと筆者は考える。また、ジョバンニはカムパネルラが天上に行くまでずっと一緒にいる。きっと、宮沢賢治はトシが天国に行くときに、淋しくないように一緒にいてあげるという気持ちを表現したのではないか。そして、それが本当になるように『銀河鉄道の夜』を書き、祈ったのではなかろうか。最後に、宮沢賢治は最愛の妹トシを、イエスに例えたのだと筆者は考える。これは、『ヨハネの黙示録』の暗示、『牛乳』というシンボル、「風」を場面変化の際に使用したことからも読み取れる。宮沢賢治は、トシを称えたのと同時に、イエスのようにトシの復活して欲しいという切実な願いをこの作品に込めたのではないか。ジョバンニが最後に牛乳を手にするという描写は、賢治のトシが復活するかもしれないという期待の表れである。そして、宮沢賢治はそれに至るまでの過程を綿密に『銀河鉄道の夜』の中で描いた。よって、『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治が著した新たな聖書なのである。(8034字)