「手話の認知科学」In「ことばと学び」朝倉書店 でました
手話の認知科学研究史を概観し、展望を書いて欲しいという割と無茶な(?)要望に応えるべく、22ページの原稿を書きました。
この本、以下のような目次構成なので、言語発達や言語の教育について知りたい方には大変有用です。
私のチャプターは10節構成。(22ページなのに多いな)
試し読みで読めるこのチャプターの紹介文
とのことです。
私の裏テーマは、この執筆依頼が来た頃に亡くなられたとうかがった栃木聾学校の田上隆司先生(聾学校に手話を取り戻した人(対応手話だけど))トリビュートであり、こちらの本(1983年)から現在に至るまでに、どんな「誤解」を解いてきたか、をまとめてみました。表紙に書いてあることより、内容を読めばかなり現実的な本なのですが、この時代特有の楽観論もなかなか味わい深い。現代の視点を得てから、一度は読んで欲しい。
手話研究は1960年のStokoeの研究から始まりますが、日本では1980年代の「誤解」がこの講談社現代新書で見ることができ、主にアメリカの研究が一体どういう風にその「誤解」を解いてきたか、という話を書いたわけでした。日本では国語教科書には、手話に関する誤解(1982年に書かれたもの)が2010年代までずっと載っていて、ということを原稿に書いたら、編者が慌てて(?)事実確認をしてくださいました。また、日本国内の聴覚障害関係の教科書には、「手話を作った人」としてド・レペが載っているもの(2015年出版)があったりと「偏見」があったことを確認しながら、それは違うよ、という流れを書いていきました。
その中で重要な人物と言えば、ベルージ先生。執筆依頼が来たころにやはり訃報を知って、足跡を追ったりしたのだけれども、それについては誰の弟子かみたいなことしか書けなかったり(「手話の認知科学」にはものすごく偉大な研究者であることは間違いないので、いくつか重要な発見を引用した)。
手話の認知科学的な研究で有名なKaren Emmorey先生の書いたUrsula Bellugi先生追悼記事がこちら
入れたいことは全部書いとこうみたいな勢いで、手話の発生や、脳、グラハム・ベルの「ろうという人種」を生まないという優生思想、習得開始年齢と臨界期(仮説)の関係、翻訳、語用論とまあ、このコンパクトな量によくおさまめようとしたなと思います(消化不良)。
こういうまとめを書くのははじめてだったので(手話の認知言語学なら認知言語学大事典で書いたけど)、古典を読み直したりするのに結構時間がかかりました。とはいえ、やはりアメリカでいろいろ授業を受けたりしてきたので、一応「地図」的なものはあったので、なんとかまとまりました。今、手話に興味がある方は、是非お求め下さい。