翼を持つ人、持たぬ人 #虎に翼 第12週
「虎に翼」を見るためにNHKオンデマンドにお金を払った。4月はそれどころじゃなくて、5月の途中からしか見てなくて、しかし、最初の方見たい! ってなっちゃったのだ。
「虎に翼」はタイトル通り、「鬼に金棒」みたいな、ただでさえ強い「虎」が、木の上の獲物まで得られるようになる「翼」をも持っているというようなタイトルである。つまり、寅子は、もともと強い。そして他の虎が持たない「翼」も持っている。その翼がなんなのか、というのが徐々に明らかになってきたなあと思いながら見ている。
今週(第12週)は、戦争孤児の話だったが、道男は「持たない」子どもだ。父親がDV野郎だったのに、母は道男の手を離し、父と一緒に焼け死んでしまう。東京大空襲の頃のことだろうか。道男12〜13歳頃? それからずっと一人で生きてきて戦後を迎えた子ども、16〜17歳。彼は父母の愛を受けた経験もない、庇護してくれる大人もいない。家族がいない。本人、頭は良さそうだし、路上生活をしてきた割に痩せこけてない。体格がいい。しかし、猪爪家の子ども達と並ぶと粗野で汚く姿勢が悪い。食卓の直人の姿勢のいいこと……つるりと美しい子どもの見本のような子ども達。目力で最高裁判所の人たちを圧倒できる大学生直明。
良い家に育ち、賢い母や祖母に守り育てられる子ども達。感じがよく、品が良く、純度の高い正論がそのまま備わっているようである。
思えば寅子もそのような子であった。そして家父長制の世の中ながら、父はエリート銀行員、リベラル、女の子だからといって上から良妻賢母になれ!みたいなことをいうような人でなく、兄の結婚式でもお行儀良く「スン」としていなくても怒らずむしろ歌を歌わせる。法科進学を母に内緒でも「父さんがなんとかする!」とかいってくれる。こんな父がいたから家父長制の世の中でも「自分には力がある」と信じられる寅子ができあがった。ひょうひょうとしているようで、超有能な父。裁判で銀行を辞めても、事業を立ち上げ、戦中はそれなりに儲かったようだ。
これに対し、「持たない」極のよねさんは、貧しい農村の子どもで、父に売られ、信頼していた姉を助けるために搾取され、その姉にも裏切られ、「女を辞める」決意をして男装をしている。女でいたくないし、女を搾取し、加害してくる男はもっと信じられない。今週の多岐川へ「おっさん誰だよ」って悪態をついているのを見るに、とにかくおっさんがダメなのだろう。だからバーのマスターもヘテロ男性じゃなかったのだろうなと思う。轟もそうだという嗅覚を彼女は持っていた。
よねさんの造形を、本当に持たない子にしてしまうと、そもそもこの高度なインテリ世界の登場人物になれないので、持ち前の賢さ、メンタルと体の強さ、反骨精神などは与えられている。多分、実際には寅子よりずっと頭が良いはずだ。それでも、「持てる」寅子とトントンの成績しか取れず、面接試験では落とされ続ける。怒り続けて狂わないエネルギーの振り分け方、子ども達を助けるためにやりくりする力、そういうたたき上げのポテンシャルが高い。でも彼女は、男と見れば、女を搾取し加害するやばい奴らだとデフォルトで思っている。これはとても困ったことで、それまで男性しかいなかった業界なので、先生は男性。先輩も同僚も男性。こんな中で、よねは上手に働くことはできない。
寅子が活躍できているのは、穂高先生の秘蔵っ子であるという後ろ盾(人事課長どころか最高裁長官まで穂高先生のことは尊敬しており、その穂高先生がちゃんと裏で売り込んでいる。何しろ父の代からの恩師)があるのがとても大きい。寅子は、「謙虚だね」「スン」から抜け出せずにいたところで、穂高先生が他の仕事を探してくるという事態に、突如「おせっかい」だと怒っていた。これに「快哉」と反応する人はSNSでたくさん見た。けれども、その怒りを引き出せたのは、セーフティーネットができたからじゃないのか。「いざというときは父さんが全部なんとかする!」に守られつつ、のびのびとやらせてもらっていた時代の感覚を、自分が仕事を失ったら家族が養えない、という状態で取り戻すのは不可能に近いように思える。そこに、「別の仕事をしてもいい」という後ろ盾が現れれば、「私やこれがやりたくてここにいるんです」と断言できる。このバックアップがなければ、「ここで働かせて下さい、働かなきゃいけないんです、ここ以外ないんです」と後ろ向きな理由しか、言えないのが普通である。
寅子は「目上の男に理不尽に支配されたり加害されたりする」経験がほとんどないので、お見合いでその一端を垣間見て「やっべー全然結婚したくない」ってなった。さらに、「女は男を公的に救うことさえできる」と知ったり(父が逮捕された件では、お母さんの手帳がお父さんを救った)、その時代の普通の女性がほぼ持ち得なかったメンタリティを獲得している。だから、男性上司にも率直に意見を述べることができるし、猪突猛進で進むことができる。それが傲慢に見えるのは、仕方のないことなのだ。私たちが「翼を持っている」寅子と同じ境遇にいない限り、あいつ何様だと思う。しかしこの翼の正体は「守られて育った人が持つ自己肯定感」なのだ。それこそが、家父長制の家の中で虐げられて育った女子が、なかなか持ち得ない文化資本。
トラちゃんの快進撃を描きつつ、それを「よしトラ、よくやった」だけのハッピーな物語にしない脚本が、私は好きだ。
今週は「いついなくなるかわからんやつのことばは届かない」とよねさんが言っていたが、これは「おまえは、この地獄の本当の住人ではない、帰るところ、逃げるところがある、私とは違う」という宣言だなあと思った。それを轟は、寅子が去ったときに心底傷ついたんだなと理解を示した。今や寅子も、殆ど「逃げ帰る場所」があるわけではないのだが、よねは別の地獄にいて、やっぱり越えられない社会階層の壁みたいなのがあって苦しいんだろうなと思った。そのうち、よねの実力がちゃんと評価される世の中が来るといいのだが。
さて、次週予告はカオスすぎたが、「家に入って姑と同居して子どもを産んで、夫が女の自由に理解がないモラハラ男だった(大抵の家ではそうだったのだろう)」梅子さんの相続案件みたいですね。梅子さんもまた「翼をもがれた」側の人なんだよなー。どんな話になるやら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?