第26回 「教員免許」って本当に価値があるの?自動車免許証みたいに更新するの? 素人からの無邪気な質問に、ジーニアス河野が、上品に皮肉を込めて答えるシリーズ!
素人からの無邪気な質問に、ジーニアス河野が、上品に皮肉を込めて答えるシリーズ!
第26回 「教員免許」って本当に価値があるの?自動車免許証みたいに更新するの?
「教員免許って本当に価値があるの?」という疑問は、教育業界の深い闇に迫る質問です。
確かに、教員免許状は、大学で単位を取ったり、教育実習を乗り越えたりしてようやく手に入れる「資格」です。
しかし、その実態は、自動車免許と比べると、やや不思議な立ち位置にあります。
例えば、自動車免許は一度取得すれば、定期的に更新し、安全運転の講習を受けることで維持できます。
道路交通法が変われば、それに沿った新しいルールも学ぶ必要があります。
一方、教員免許は長らく「一度取得すれば一生使える」という仕組みが採用されていました。
つまり、時代が変わり、教育が変わっても、免許そのものは更新しなくても良いという、大変おおらかな制度だったのです。
しかし、2009年に「教員免許更新制」が導入され、状況は一変しました。
国は「先生たちにも定期的な学び直しが必要だ」と判断し、10年ごとに講習を受けないと免許が失効する仕組みを作ったのです。
自動車の免許更新に似ていると言われましたが、その中身はだいぶ違いました。
交通ルールを学ぶ自動車免許更新とは異なり、教員免許の更新では「最新の教育理論」や「現代の教育課題」についての講習を受ける必要がありました。
ところが、この制度は教員たちから大不評でした。
理由は単純です。
「忙しすぎるのに、さらに講習まで受けなきゃいけないのか?」という切実な叫びが全国の学校現場から聞こえてきたのです。
授業準備や部活動指導に追われ、土日もほぼ休めない教員が、時間を工面して講習を受けるのは至難の業でした。
それに加え、「講習で学ぶ内容が現場で実践できるものとは限らない」という、ありがちな問題も発生しました。
たとえば、「理論的には素晴らしいが、実際の教室では役に立たない教育論」を学んでも、目の前の子どもたちへの対応は変わらないという声が相次ぎました。
加えて、この更新講習には費用もかかりました。
講習の受講料に加え、指定された大学までの交通費や宿泊費など、教員自身が負担しなければならないケースが多かったのです。
しかも、講習を受けられる大学が限られていたため、地方の教員は長距離移動を強いられました。
「忙しくて時間がないのに、お金もかかる」という二重苦に直面し、多くの教員が「この制度、本当に意味があるの?」と疑問を抱くようになったのです。
こうして、現場の不満が高まり、最終的に2022年7月に教員免許更新制は廃止されました。
これにより、教員免許は再び「一生モノ」となりました。
しかし、ここで皮肉なのは、国は「教員の資質向上が重要」と言って制度を作ったのに、その制度自体をわずか十数年で撤廃したことです。
つまり、「この制度があれば、教師の能力が向上する」と言って導入し、「やっぱり必要ない」と言って廃止したのです。
この政策の一貫性のなさこそ、日本の教育行政の象徴とも言えるかもしれません。
では、結局、教員免許にはどんな価値があるのでしょうか?
免許があるからといって、優れた教師であるとは限りません。
逆に、免許を持っていても、教育現場に適応できない人もいます。
また、現場で長年の経験を積んできたベテランの先生が、講習を受け忘れたという理由で免許を更新できなかったケースもありました。
ここでふと思うのは、「そもそも教員免許が必要なのか?」という根本的な問いです。
もちろん、一定の教育を受け、教員としての基礎知識を持つことは重要です。
しかし、それだけでは「良い教師」になれるわけではありません。
授業の進め方、子どもとの信頼関係の築き方、保護者との適切な距離感、同僚との協力――これらは教科書では学べず、現場で培われるスキルです。
自動車免許の場合、技能講習を受け、実際に運転して合格しなければなりませんが、教員免許の場合、単位を取得し、教育実習を終えれば取得できます。
しかし、「運転がうまいドライバー」と「試験に受かったドライバー」が必ずしも一致しないように、「優れた教師」と「免許を持っている教師」が必ずしもイコールではないのが現実です。
では、教員免許の制度はどうあるべきなのでしょうか?
一つの案として、「現場での実践力を重視した評価制度」を導入することが考えられます。
免許更新制を復活させるのではなく、教員が定期的に授業を評価され、必要な研修を受ける仕組みのほうが、現実的な改善策かもしれません。
結局のところ、教員免許の本当の価値は、それ自体にあるのではなく、「どう活用されるか」にかかっています。
免許を持っているだけで良い教師になれるわけではなく、現場での経験と学びが重要なのです。
そして、教育行政の都合で免許制度が変わるたびに振り回されるのは、いつも現場の教師たちなのです。
免許更新制の導入、そして撤廃――この一連の流れが示しているのは、日本の教育政策が「思いつきで導入し、結局続かない」という典型的なパターンに陥っていることかもしれません。
皮肉を込めて言えば、教員免許の最大の価値は「制度の変遷を眺めながら、教育行政の迷走ぶりを学ぶこと」なのかもしれません。
レトリカ教採学院
河野正夫