見出し画像

2011鈴木駿平(国士舘大学4年)


ラストシーズンを前に

「大学生最後の年なので、自分で納得のいく演技がしたいです。結果よりも、今までやってきたことが全部出し切れた、と思える演技ができればよいと思っています。1年生のころから、いつかは“みんなにあこがれられるような選手”になりたいな、と思っていたので、今年は少しでもそこに近づけるように、ノーミスで気持ちのいい演技を見せたいです。」

昨年は、やっと輝き始めた宝石の原石のようだった鈴木。今年は、すっかり国士舘の最上級生としての自覚、上を目指す選手としての自覚が芽生えているように見える。
昨年の鈴木の演技を見て、私の仲間たちは「自分がかっこいいってことに気づいてないんじゃない? もっとナルシストになればって言ってあげたい」と騒いでいたものだが、今年の鈴木も、まだ「ナルシスト」にはなりきれていないように思う。彼は、なにかになりきるというタイプの選手ではないのだ。もちろん、動きはいっそう洗練されてきている。スティックなどは、どの瞬間をとってもハッとするような美しい線を見せてくれる。
それでも、鈴木は「鈴木駿平」という、人のよさそうな好青年そのものの演技をする。そこは原石だったころとあまり変わっていない。でも、それが鈴木の個性であり、良さだと思う。だからこそ、彼の演技はかっこよくても、美しくても、印象がどこまでも「さわやか」なのだ。

八王子実践高校出身で、インターハイ出場経験もなかった選手が、「あこがれられる存在になりたい」という夢を胸に秘めながら、地道に階段を少しずつ上ってきた。そして、今年はますます「あこがれの選手」と言われるようになるだろう(現に高校の取材をしていたら、鈴木のポーズを真似て演技に入れている高校生がいた!)。鈴木駿平という遅咲きの選手のシンデレラストーリーがハッピーエンドで締めくくれるように、見守りたいと思う。

「無垢」

今年の1月、京都の花園大学で行われた男子新体操の講習会で、鈴木は模範演技者を務めた。昨年の活躍、そして今年は最上級生になるという期待を込めての抜擢だったのだろう。
同じ模範演技者の中には、谷本竜也(当時、花園大学)がいた。鈴木は谷本にずっとあこがれていて、このとき、そのあこがれの選手と一緒に自分が「模範演技」をやるということが信じられない、という面持ちでいた。
しかし、谷本は、鈴木に対しても気さくに、「駿平くんはさ~」と声をかけきたという。当の鈴木は、そのとき、「今、谷本さんが駿平くんって言った。自分のこと知ってるんだ…」と感激してしまったのだという。

鈴木1

同じ模範演技者であり、年齢もたった1つしか違わない。
それでも、ジュニア、高校時代から全国レベルで活躍してきた谷本は、鈴木にとっては「雲の上の人」だった。だから、声をかけられただけでもどぎまぎしてしまう。

鈴木駿平は、そんな人間だ。

昨年の8月、インカレ直前の国士舘大学の試技会を見に行かせてもらった。東インカレは1日だけ見ていたものの、正直、そのころの私は、まだ選手の顔と名前がちゃんと一致していないような状態だった。

それだけに、過去の成績などを気にせず、フラットな目でその日、演技を見ていたのだが、終わってから、山田小太郎監督に、「誰が印象に残りましたか?」と聞かれたとき、名前を挙げたのが、鈴木だった。

このころの鈴木は、正直言って、「ノーオーラ」だった。
うまそうにも強そうにも見えない。
ものすごく、かっこいいわけでもない。
フロアにも自信なさげに入ってくるし、演技中も「どうだ!」と見栄を切るようなところもない。
どや顔もしない。

ただ。
彼の演技にはノイズがなかった。
邪念がないと言ってもいい。

大学生くらいになれば、選手は普通、いろいろなものをしょっている。すでに何年間もこのスポーツに打ち込んできているのだから、その間にさまざまな経験を重ねているだけに、なかなか「無心」な状態を作ることは難しい。
しかし、このころの鈴木の演技は、とにかく「無心」な感じがしたのだ。
試技会のあとに、山田監督の指導を受けている様子も見たが、「こんなに体の大きな大学生が?」と驚くほど、素直でひたむきだった。
女子だと、こういう雰囲気をもっているのは、せいぜい小学生くらいまでだと思うが、2010年のインカレ前、鈴木はまだそんな選手だった。

その無心さがいいほうに作用したのか。
昨年、選手としての鈴木は飛躍を遂げた。
インカレ15位、全日本12位。
その前年は、インカレ24位で全日本に出場もできなかった選手としては、上出来な年だった。
国士舘内の成績も、佐々木智生(当時1年)とほぼ並び、「国士舘のトップ選手」と呼ばれるようになった。

それでも、鈴木は、変わらなかった。
高ぶることもなく、相変わらず、いい人オーラがあふれたままだ。
試合会場でも、ありとあらゆる人に、「応援ありがとうございました」と挨拶しに来る鈴木。
ちっともえらそうにならない。
それが、彼の良さであり、2011年の彼の演技を見ている限り、「弱さ」にもなってしまっているようだ。

鈴木4


鈴木は中学時代までは、水泳部だった。高校見学のときに、八王子実践高校で男子新体操に出会い、「これがやりたい!」と思ったという。鈴木は、男子新体操をやりたい一心で、公立高校に進学してほしがっていた親を説得して、八王子実践高校に進学した。

しかし、八王子実践高校の新体操部は決して強豪ではなかったし、鈴木の1つ上の学年がいる間は、なんとか団体も組めていたが、彼らが引退してしまったら、鈴木と1年下の水島勇貴(現在、国士舘大学j)の2人だけになってしまった。
2人しかいない部活には、顧問もほとんど顔を出さなくなり、鈴木と水島はいつも2人きりで、練習していたのだそうだ。
演技は、販売されているインターハイのビデオを買って、見よう見まねで作った。そのころ彼が繰り返し見ていたビデオでは、谷本らが華々しく活躍していたのだ。

もちろん、インターハイにも選抜に縁がなかった。
同じ学年の高校生には、福士や柴田がいた。
ジュニアや高校のころから、全日本選手権にまで出場するような選手たちからは、はるか遠いところにいる高校生、それが鈴木だった。

5月の東インカレでの鈴木は悪くなかった。
いや、かなりよかったと私は思っている。

このとき、公式練習を見ていて、鈴木の演技が思った以上によく見えることに私は驚いていた。今年は、国士舘の練習で見る機会も多く、見慣れていたはずなのに、いざ会場のフロアで見る鈴木の演技は、練習で見る以上に「大きかった」のだ。

たしかに背が高く、手足も長い。
スケール感は出しやすい体には恵まれている選手だ。

だが、それだけでこんな風にはなれない。
鈴木の動きには、周囲の空気を動かす「なにか」がある。
東インカレの公式練習を見て、私は改めてそう感じていた。
技術や表現で、鈴木に勝っている選手は、たくさんいる。
ただ、この「なにか」は、誰もがもっているものではない。

はたして、東インカレでの鈴木は、かなり高い評価をもらった。
ノーミスだった種目はもちろん9点台に軽くのったし、驚いたのは最終種目のクラブだ。残念きわまりない落下があり、本人もかなりがっくりきていたのだが、それでも9点にのったのだ。
昨年までの鈴木なら、落下しても9点ということはなかった。
それだけ、彼に対する評価は高まってきているのだ、と確信できた得点だった。

鈴木に目標を聞くと、「ノーミスでいい演技がしたい」と言う。
それを思えば、ミスが出てしまった東インカレは、悔いの残る大会だっただろう。
だけど、それでも一定の高い評価を得られた自分、には自信をもってほしいと思った。

だって。
この東インカレで見せた彼の演技は、やはりほかの選手にはない「大きさ」をもっていたから。
そして、その大きさと相まって、1年前のノーオーラだったころとなんら変わらぬ「透明感」があったから。

大学4年生になってもこんなに「無垢」な感じの演技をする選手、は貴重だ。鈴木のように、高校から新体操を始め、高校では満足な指導も受けられず、結果も残せず、それでも大学で新体操をやってみようと思う子にとって、鈴木の存在は、大きな希望になるに違いない。

残念ながら、最後のインカレは、鈴木にとって不本意な大会となってしまった。
東インカレではミスの出た種目はあったものの、彼の良さを存分に見せられた演技もあった。

鈴木2

しかし、インカレは…。
1種目目のリングは、ノーミスで9.200だったが、スティックでは落下1で9.175。
さらに2日目はクラブで、落下があり9.150。すべて9点台にはのってきていたが、「なんとなくしっくりこない」まま3種目目までが終わってしまった。それでも、ジャパン出場は疑う余地がなかった、はずが。最後のロープで引っかけるわ、落下場外あるわの乱調。8.650と久々に9点割れをしてしまい、終わってみれば、「ジャパン、大丈夫か?」という順位に落ちてしまった。

結果的には、増田とまったくの同点16位でギリギリ通過はできたが、まさかの展開だった。
インカレでの演技で鈴木が満足していないことはわかってはいたが、「まあ、ジャパンで頑張ればよいから」くらいに思っていた私は、「リベンジのチャンスもなくなるかも?」と思ったときは、本当にドキドキした。
なによりも、大学4年生なのだから。
「まさかあのロープが、演技の見おさめ?」と思うと、泣きそうになった。

通過がわかってから、「よかったね」と鈴木に声をかけたとき、「ジャパンで演技見られないかと思ってハラハラしたよ~」言いながら、私は本当に泣きそうになってしまった。鈴木は、ちょっと笑って、「泣かないでください~」と言ったが、当の鈴木も泣きそうな顔をしていた。

彼は、やはり、そういう選手なのだ。

鈴木駿平は、決して自分を高く評価していない。
落下しても9点が出たときにも、心底驚いていた。
「今の自分ならそのくらい当然」とはまったく思えない選手だ。

だから、ミスした試合のあと、「プレッシャーがあった?」と聞いても、いつも「ありません。自分はプレッシャーとかはあまり感じないです。」と答えるのだ。
おそらく。
彼がイメージしている「プレッシャー」とは、「優勝したい」「負けられない」そんな気負いのことではないかと思う。たしかに、鈴木はそういうプレッシャーとは無縁かもしれない。
だから、彼は「プレッシャーはない」と言い続けているが、プレッシャーにもいろいろな種類がある。

たとえば、「応援してくれた人達の気持ちに応えたい」、彼ならいかにももちそうなそんな思いも、プレッシャーになることだってある。
自覚はなくても、やはり彼は、去年の彼とは違う。
謙虚さもやさしさも変わらないままで、背負うものだけは重くなっている。きっと自分でも気がつかないうちに。

インカレでの「ギリギリ通過」で、おそらく鈴木は一度、どん底を味わっただろう。通過はできても、「自信」は簡単には回復できないんじゃないかと思う。なにしろ、もともとたいして自信なんてなかった選手なんだから。高く評価されても、「なんでかな?」「ほんとかな?」と思っていた選手なのだから。

でも。
そんなことはどうでもいいじゃないの!
と、彼の背中をどおんと叩いて言ってやりたい!

たしかに、あなたの演技を楽しみにしている人はいる。
期待している人もいる。
だけど、そんなことはどうでもいいんだから。
あなたはあなたらしく。
高校時代には「夢舞台」だと思っていた全日本のフロアで踊れることをただ、楽しめばいい。

そうすれば、あなたの動きは、だれよりも大きく伸びやかで、空気を動かすことができる。
そうなれば、あなたの演技は、見ている人の心に染み透っていく。
大丈夫。
なくすものなんてなにもない。
失敗したって、結果出せなくたって、あなたの演技を嫌いになる人なんていない。
ましてや、あなたに失望なんかしない。
「ちょっと惜しかった」と思うだけだ。

自分では気づかないうちにかかえてしまっているものがきっとある。
その荷物をおろして、のびのびと踊る鈴木駿平を、幕張では見たい。
それだけでいい。

<「新体操研究所」Back Number>

20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。