永井直也、初のJAPANチャンピオンに!~2017/10公開記事(Yahoo!ニュース)
2017年10月28日、永井直也(青森大学)は、ついに新体操の全日本チャンピオンになった。
2010年に全日本ジュニアチャンピオンになってから7年、いつでも手に入りそうに見えながら、なかなかしっかりとつかむことのできなかった栄光を、永井はやっと手に入れた。手に入れるまでに、思った以上に長い時間がかかっただけに、表彰台の真ん中に立った永井は、とても嬉しそうだった。遅すぎるくらいの優勝のようにも思えたが、おそらくこれが彼にとってはもっともいいタイミングだったのだ。そう思わせてくれた永井の笑顔だった。
今大会の永井の演技には、すさまじいまでの集中力と気迫があった。1日目のリングでは、永井だからこそできる低い姿勢、動きの幅をとことん見せながら、リングの回しや持ち替えなど、新体操らしい見せ場も十分盛り込んだ演技を見せた。
さらにスティックではここにきて(もしかしたら最後になる可能性の高い試合にもかかわらず)新しい作品を創り上げてきた。それも、かなり独特な世界観をもった作品で、永井はまず周囲の度肝を抜いた。しかし、永井と優勝を争うライバルである昨年度全日本チャンピオンの臼井優華(大垣共立銀行OKB体操クラブ)と、2015年度全日本チャンピオンの小川晃平(花園大学)も、1日目は2種目ともノーミスで高得点というすばらしいスタートを切った。
結果、1日目を終えての暫定順位は、臼井が37.375で1位、永井が0.025差の37.350で2位、さらに永井と0.1差の37.250で小川という大混戦となった。上位3選手がこれだけ僅差の勝負というのは、ここ数年の全日本選手権では記憶がない。そのくらい拮抗した勝負となった。
そして、運命の2日目。
3人の中で最初に演技順が回ってきたのが永井だった。永井の3種目目はクラブ。1年前の全日本選手権種目別で会心の演技をして、種目別2位となった永井の代表作を見られると思っていたら、会場に流れた曲は違っていた。
少し物哀しげな、どこかなつかしい旋律は、「秋桜」だった。ジュニア時代、高校時代の永井の代名詞とも言えるこの作品は、当時も今も、永井だから演じられる美しく繊細な作品だ。そのうえ、今の永井は、以前この作品を踊っていたころよりも、ずっと動きの幅も広がり、引き出しが増えている。見る者の心を捉える美しさやしなやかさは昔のままでありながら、この作品は以前よりずっと成熟していた。実施の面でも、目につくようなミスはなく、18.700。
永井の次に演技順が回ってきた臼井のクラブにも、これといったミスはなかった。臼井らしいパワフルな、運動量の多い演技は健在で、1日目よりも「勝ち気」の見える演技だった。ただ、その勝ち気ゆえだろうか。少し、動きが堅いようにも、手具扱いが雑なようにも見えるところがあり、18.575と得点が臼井にしては伸びなかった。この時点で、3種目目までの得点が、永井56.050、臼井55.950となり永井が0.1臼井を上回った。その直後に、ロープの演技順が回ってきた小川も、素晴らしい演技を見せたが、これも18.650と永井を上回ることができず、小川の3種目合計得点は55.900となった。
最終種目を前に、1~3位が0.150の中にひしめきあう至高の戦い。まずは永井が最終種目のロープに挑んだ。ロープは永井にとっては鬼門の種目で、過去の大会でもロープでミスが出たことは少なくなかった。しかし、今年の全日本インカレでは種目別優勝もし、やっと苦手意識は払拭できていた。今大会、3種目までは曲や構成を変えて、その挑戦する姿勢でも、他を圧倒してきた永井だが、最後の最後、このロープだけは全日本インカレと同じ演技をもってきた。
そのことで余計に彼のこの試合で頂点獲りに懸ける思いの真摯さが伝わってきた。永井直也にしては珍しいくらいに、わかりやすく気迫のこもった渾身の演技で、ロープもノーミス。結局、永井は個人総合の4種目ともノーミスでクリーンにまとめ、ライバルである臼井や小川に対しての自らのアドバンテージである「美しさ」を、その動きや体操だけでなく、実施という面でもいかんなく発揮して見せた。得点は、18.700。
後に続く臼井が永井と並ぶには18.800が必要となった。18.800という得点は、現行ルールでは極限に近く高い得点ではあるが、臼井の得意種目であるロープなら、出せない得点ではない。果たして臼井のロープは、今大会の臼井の演技の中ではもっともよかったのではないか、と思うほど、力強く、迫力があった。もちろんミスもなく、「やはり、強さや高さでは永井よりも臼井かな」と印象づける演技ではあった。だが、逆に、「美しさやしなやかさでは永井」とも感じられる演技だった。つまり、甲乙つけがたい。どちらが勝ってもおかしくない、と思わせる永井、そして臼井の最終演技だった。
そして、臼井の演技に対して表示された得点は、18.600。この瞬間、永井は、初優勝にぐっと近づいた。永井と並ぶには、18.850が必要な小川の最終種目はクラブ。18.850はかなり厳しい得点ではあるが、小川のクラブは評価が高く、不可能な得点ではない。小川の演技が始まると、彼は第一タンブリングで、その高さと滞空の長さを見せつけた。1年前の全日本選手権での怪我以来、ここまで小川らしい軽やかなタンブリングは初めて見た、とも思う素晴らしさで、「これは逆転もあり得る」と思った次の瞬間、小川の投げのコントロールが乱れ、無情にもクラブが場外へと転がっていった。
この瞬間、永井直也の初優勝がほぼ決まった。
最後の最後で痛恨のミスが出た小川のクラブは、17.450に終わった。第一タンブリングで、「永井より強く、臼井より美しい」もっとも高いレベルでバランスのとれた選手は小川晃平である、と見せつけ、一昨年の全日本チャンピオンは伊達じゃない! と証明した小川だったが、最後は力尽きた。いや、小川が力尽きたというよりは、今大会の永井の優勝には、運命的なものが感じられた。ジュニア時代、高校時代と記憶に残る名勝負を何回も見せてくれたこの3人だからこそ、最後には新体操の神様がバランスをとったんじゃないか、そんな風に感じた。
実力は本当に互角だが、持ち味と強みが大きく違うこの3人、さらに、今回、最終種目で小川を逆転し、3位に飛び込んできた安藤梨友(青森大学)も含めた4人の力はそこまで拮抗していたのだ。強いていうならば、昨年優勝している臼井、一昨年優勝している小川、まだ大学ルーキーの安藤に比べて、今大会では優勝のラストチャンスに懸ける永井の思いが強かったのだ。どのスポーツでも言われることだが、「最後には気持ちの強いものが勝つ」。今大会はまさにそんな大会であった。
そして、永井直也は、7年間の迷いや悔しさなどを超えてきたから、やっとその「勝ちたいと思う強い気持ち」を手に入れることができたのだ。長すぎるようにも感じた7年間は、永井がこの強さを身につけ、最高の笑顔で表彰台の真ん中に立つために、必要な時間だったのだ。待ちに待っただけに、永井は、最高の形で頂点に立つことができた。そして、この日、ポートアリーナに居合わせた観客は、この至高の戦いに痺れることができたのだ。
【追記2023/4/18】
男子新体操界の伝説的な指導者が亡くなりました。この方の教えを受けていた選手は驚くほど多いので、悼む声があちこちで聞かれます。かなり独特な個性を持った方ではありましたが、たしかに男子新体操の普及や発展への貢献は大きく、いざ失うとなると大きな喪失感があります。
この方が世に出した選手は本当に数えきれないのですが、現在はダンサー&コレオグラファーとして活躍中の永井直也さんもその一人でした。2010年、永井さんが全日本ジュニアで優勝したとき、その唯一無二の個性に驚き、感動したものですが、その永井さんを全日本ジュニアチャンピオンにまでしたのもこの先生でした。
永井さんは新体操選手としても素晴らしい能力はもっていましたが、「男子新体操という枠の中に収まりたくない」と思っているんだろうな、という演技をする選手でした。それゆえに、全日本チャンピオンになるまで思った以上に時間がかかってしまいましたが、でも、それだけ時間をかけただけのことはある優勝でした。男子新体操界に大きな変化と進化をもたらした永井さんのような選手を育ててくれた、あの先生にはやはり感謝しかありません。
この先の男子新体操は、おそらく彼の教え子たちが引っ張っていく、変革していくに違いありません。どうかそれを遠いところから見守っていてほしいと思います。