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「井原高校2012JAPAN」~2012/11公開記事(新体操研究所)
「旅立ち」
2012ジャパンで、井原高校は、団体予選、決勝ともに試技順1番だった。これは、一般的には「不利」と言われる状況だ。
しかし、予選では、何回も会場から「ほう~」というため息まじりのどよめきの起こる完璧な演技を見せ、いきなりの19.100。後に登場する大学生や社会人チームに十分なプレッシャーをかけた。
大会3日目の決勝では、強いて言うなら、止まるべきところでわずかに動いたか? と見えるところが予選よりはあった。それを反映したのか得点も19.075と、予選よりはわずかに下がった。
が、それは「ミス」と言うほどのものではなく、おそらくほとんどの観客は、感動していたに違いない。
そして、思っただろう。
「これが井原の新体操か。」と。
昨年のインターハイ優勝時のメンバーとは1人が入れ替わっただけ。
「強い井原」の中でも、今のところ最強世代ではないかと言われるのが今年のメンバーだ。
2009年のジャパン。
青森大学が伝説の演技「BLUE」で、会場の空気を変えたあのジャパンで、エキシビションで演技した井原ジュニアの演技のすばらしさも、「BLUE」に負けず劣らずの衝撃だった。あのときの、ジュニア団体メンバーがほぼそのまま今の井原高校メンバーだ。
あれから3年がたった。
2010年には、久々にインターハイ出場を果たしたものの、点数が伸びず8位。まだ選手達の体が華奢だったため、演技に大きさや重さが出ないという課題を克服するために、「食べろ食べろ」の増量作戦を実行。一時期は、「太りすぎ?」と危ぶまれるほどの大増量を実行した。
いくら食べ盛りの男子とはいえ、その食べ方は尋常ではなかった。
かなり苦しい思いをして、彼らは体を作り、もちろんストイックなまでに練習に励んだ。
その結果、2011年3月に、私が初めて井原高校を見に行ったときには、まさに「超・高校級」のチームがそこには出来あがっていた。
このチームに勝てる高校チームが果たしてあるんだろうか?
そう思うほどの完成度。美しさ。表現力。
彼らはそれをもっていた。
そして、2011年の青森インターハイで、優勝。
2012年3月には、高校選抜大会優勝。
2012年5月には、団体選手権優勝。
年度はまたいではいるが、「高校3冠」を達成する。
2012年のインターハイも、よほどのことがない限り、井原の優勝ではないか、多くの人がそう思っていた。
しかし。
その「よほどのこと」が、2012年8月11日に起きた。
今年のインターハイは、有力視されているチームのほとんどが午前中の試技になっていた。
試技順17番で井原高校が登場した時点でのトップは青森山田高校。
得点は19.050。
井原なら、十分、抜くことは可能な得点に思えた。
演技冒頭から、井原はダイナミックな組み技と、空気をぐっとつかんでは回すような、迫力のある振りで観客の視線を一気に引きつけた。
「今年も井原はすごい!」
誰もがそう思い、息をのんで見ていたそのとき、鹿倒立で1人が崩れた。
「まさか!」
それまでとは違う意味で、観客がその瞬間、息をのんだ。
終わってみれば、そのミスだけだった。
しかし、ハイレベルな争いの中では致命的なミス、ではあった。
2012年インターハイ、井原高校は3位に終わった。
鹿倒立でミスをした選手は、じつは福井入りする前から、体調を崩していた、と競技が終わってから聞いた。
出場すること自体が無理かも、という体調だったことを思えば、鹿倒立のミスだけですんだことは奇跡的ですらある。それは、「どうしてもこのチームで優勝したい!」という彼の気力の賜物だったのだろう。
現に、試技が終わるやいなや、彼は倒れ込み、病院に運ばれている。
表彰式にも、彼の姿はなかった。
そんなギリギリの状況でつかんだ3位だったのだ。
閉会式が終わってから、長田監督は、「すみません。私のミスです。」と何度も言った。
「放っておけば、いくらでも練習する、頑張りすぎる選手なのに、そこをコントロールできず、肝心なときに、体調を崩させてしまった。ダメ監督ですみません。」
それからの3か月。
彼らは、そして長田監督は、どういう思いで、ジャパンに向けて練習しているのだろう、と思っていた。案じてもいた。
が、案じることはなかった。
その答えが、ジャパンでの盤石の演技だった。
試技順1番をものともせず、2度の試技で19点台をマークし、団体総合3位。
高校チームの中ではもちろん1位。
![](https://assets.st-note.com/img/1681920120990-6ieYrJyYw3.jpg?width=1200)
そのことを、もはや誰も驚かない。
今の「井原」は、そういうチームだ。
現在のメンバーの中の4人(房野・久留間・原田・佐能)は、今年で井原高校を卒業する。
井原には、ジュニアで3連覇を成し遂げたメンバーがまだまだ下にいる。すぐに弱体化する、とは考えにくい。
おそらく、井原の黄金時代はまだ続く。
しかし。
2011~2012年にかけての井原の強さと美しさは、やはり「伝説」になるのではないかと思う。
彼らは、たしかにそんな時代を築いたのだ。
ジャパンで彼らが見せた演技には、私はまったく危うさを感じなかった。長い年月をかけて培ってきた身体能力と仲間との信頼関係には、まったく揺るぎが感じられなかったからだ。
だから、手に汗握ることなく、おそらくもう見ることのない「この時代の井原」の演技を、ただ、かみしめていた。
そして、そんな私の頭の中には、あの曲がリフレインしていた。
毎年、3月になるとあちこちの学校で歌われるあの曲。
『旅立ちの日に』
あの歌にあるように、彼らは
“勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して”
飛び立っていくように見えた。
そして、
“今 別れの時 飛び立とう 未来信じて
はずむ 若い力 信じて
この広い この広い 大空に”
井原高校の1つの時代が終わった。
<「新体操研究所」Back Number> 2012.11.29.
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