2011インターハイ直前~岡山県立井原高校
「アウェー」
7月26日、埼玉栄高校の練習を見学したあと、私は、急いで神奈川県の光明相模原学園に向かった。この日、青森への移動途中で井原高校が光明学園に立ち寄り、練習するという情報をキャッチしたのだ。
「もう練習始まっているかな?」と息せききって駆けつけてみると、ちょうど駐車場で井原高校のバスと鉢合わせした。朝5時に岡山を出発したと聞いていたが、光明学園に到着したのは、午後3時を過ぎていた。バスでのかなりの長旅である。
長い時間バスに乗っていたので、体もちょっとこわばっているのではないかと案じたが、井原高校の選手たちは、体育館につくと早々に軽く団体演技を流し始めた。もちろん、タンブリングは抜き、動きや位置を確認するようなそんな流しではあるが。
しかし、その流しを見て、すでに私は圧倒された。
DVDでしか見ていないが、去年のインターハイのときの井原高校とはスケール感が違う。おそらく選手たちの体が大きくなっている。身長も伸びて、物理的な大きさがまず去年とは違う。
そして、なんと言ってもその「動きの大きさ」は、おそらくどこのチームにも(大学生でさえ)真似できないのではないかと思うほど、だった。
そのとき見ていたのは、流しなので、100%の力ではやっていないことはわかっている。それでも、各選手が時折見せる、「ここはちゃんとやっておこう」という時の動きが、あまりにも美しい。
全員そろって、全力でやっているわけではない通しでも、これだけ見ごたえあるのだから、本気で通したらどうなるんだ? そう思った。
井原高校は、この日、約3時間の練習を行った。
タンブリングを入れたフルの通しこそはしなかったが、タンブリング抜きでは全通しも何回か行った。
タンブリングや組み技も、曲に合わせて前後からやる部分練習はやっていた。だから、演技のほぼ全容を見ることができたのだが、これがすべてスムーズに、つながったら。ミスなく実施できたら。
かなり、「スゴイこと」になると思う。
興奮を抑えながら(あまり抑え切れてなかったかもしれないが)、長田監督に話を聞いた。
「やるべきことはきちんとやってきた、と思ってます。あとは、自分たちの演技をやるだけ、ですね。」
と、いつもの静かな口調で話す長田監督。
今回の演技の見どころは? という質問には、
「見どころは、見て感じてもらうものだから。」と言葉を濁しつつつも、「今までの井原の演技の中では、はっきりした演技になっていると思います。パートごとに見せたいものがわかり、井原の質の良さが出せる構成にはなっていると思います。」
静かななかにも、ゆるぎない自信が感じられる言葉だった。
そんな長田監督が、少しばかり不安に思っているのは、やはりスプリングマットへの対応だった。井原高校のマットもまだスプリングではない。だから、青森に向かう途中で、スプリングマットのある光明学園に寄って練習させてもらう、そんな日程を組んだ。
この日の練習も、私の目にはすばらしく見えたが、「やっぱり足元がおぼつかないみたいで」と、やや不安は残ったままのようだった。
たしかに。
おそらく日本一高いトウ立ちをする井原にとって、足元が普段と勝手が違うというのは、タンブリングの着地だけでなく、演技全般に響く問題だろう。
なにしろ井原の上挙ときたら、はじめに、「これでもか」というところまでかかとを上げ、それから一気にプリエ! そして、最後に極限まで腕を上に引き上げた状態でもう一度、ぐぐっとかかと高く上げるのだ。決して派手なところではない。観客席から見ている分には、おそらく見落とされてしまうような小さな部分だが、これこそは「よそには真似できない井原の新体操」であり、長田監督の言う「質の高さ」の根源だ。
しかし、それだけに、足元に不安を抱えたとき、最大の武器であるはずのかかとの高さは、もろ刃の剣となりかねない。
今大会、「スプリングマットへの対応」で頭を悩ませているチームは少なくないだろうが、井原もまた同じ悩みを、ある意味どのチームよりも深刻に抱えている。
それでも。長田監督が言うように、今回の井原の演技は、スピード感と動きのある組み技のおもしろさ、インパクト。さらに、強さというよりスピードとバリエーションで見せるタンブリング、そしてなんと言っても圧倒的な徒手要素の美しさ。まさに空気を動かすような、動きの大きさ、深さなどが、たたみかけるように見るものに訴えかけてくる。長田監督が意図したとおり、じつに「よさ」が伝わりやすい演技になっているのだ。
スプリングマットへの対応さえクリアすれば、かなり期待はできると思う。これが評価されなきゃ、嘘だろう、とさえ思う。
「男子新体操は女子のように申告書がないので、点数の根拠は曖昧なんですよね。だから、結局自分たちにできるのは、自分たちのやってきたこと、自分たちの新体操を信じてやるだけ! なんです。」
と言って、いつも穏やかな長田監督が、すこし厳しい表情になった。
「インターハイは、毎回どうしても開催地やその周辺が有利だったのかな? という結果に終わることが多くて。今回は、それだけはなしにしてほしいという思いが強いです。おそらく、みんなが感じていることだと思いますが。開催地がどこであっても、審判はそれとは関係なく、きちんと目の前で行われた演技を評価してほしい。演技の内容や出来以外の要素に左右されない採点であってほしいと思います。」
男子新体操王国・東北でのインターハイは、井原高校にとっては完全アウェーの戦いだ。会場の多くを占めるだろう、地元応援団にとっては、地元チームの優勝に待ったをかける可能性のあるチームは、「ヒール」になる可能性すらある。
そんな空気のなかでも、自分たちの演技を全うし、そして、それにふさわしい評価も得たい!
長田監督と井原高校のメンバーからは、そんな気迫と決意が感じられた。
つまり、彼らはそれだけのことをやってきた、のだ。
ジュニア、それも小学校の低学年くらいから彼らは、新体操とともに育ってきた。一朝一夕でできたチームではないのだ。
だから、胸を張って、「きちんと評価してくれ」と言えるのだ。そうすれば必ず、認められるはずと思えるだけの新体操を彼らはやっているのだから。
8月1日、井原高校は、優勝候補と目されるチームの中ではもっとも出番が早い。
試技順9番。
この試技順で、彼らがベストパフォーマンスをしたときに、果たしてどこまで点数を伸ばすことができるか。
すべてはそこにかかっている。
<新体操研究所 Back number>2011.7.29.初出