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【感想】「ゲーテはすべてを言った」(著:鈴木結生)│2024年下半期芥川賞候補作⑤

 芥川賞候補作、全5作を読みました。結論から言うと、本作「ゲーテはすべてを言った」が一番自分の好みだったし、芥川賞を受賞するだろう(してほしい)と思った。時点で「ダンス」。ちなみに、同様に全作読んだ妻も本作と「ダンス」で迷って、本作を推していました。

高明なゲーテ学者、博把統一は、一家団欒のディナーで、彼の知らないゲーテの名言と出会う。
ティー・バッグのタグに書かれたその言葉を求めて、膨大な原典を読み漁り、長年の研究生活の記憶を辿るが……。
ひとつの言葉を巡る統一の旅は、創作とは何か、学問とは何か、という深遠な問いを投げかけながら、読者を思いがけない明るみへ誘う。
若き才能が描き出す、アカデミック冒険譚!

出版社HPより引用

感想

 まず第一印象として、著者のドイツ文学を中心とする知識量の多さ・深さに感服します(といって、私はそうした領域の専門家ではないので、学問的な意味で正しいのかは分からないし、検証もしていないけど。)。ところどころで引用される過去の偉大な作家・哲学者等の引用が上手くはまり、本作にしかない個性と面白さを構成しています。そして、その名言の引用こそ本作の物語としての柱にもなっていて、作中人物がポンポン出典を言える人たちだからこそ、あらすじの「彼の知らないゲーテの名言」もどうにかすれば思い出せるのではないかと考えて、文献にあたろうとするという行動の説得力にもなっています(「ネットで検索したり、メーカーに問い合わせればすぐわかるんじゃない?」という野暮なツッコミに対して、統一の行動様式で解を出している。ただ、統一からメールを送られた人全員ネットを調べなかったのかという些細な疑問は残るが。)。
 これは完全に必要以上の深読みだとは思いますが、SNS等のネット上で情報源が誰のものとも知らないポストや情報が簡単に拡散して、あたかも真実化のように受け取られかねない現代において、たった1フレーズの出典(ゲーテがその言葉を本当に言ったのかどうか)を必死に追究する姿勢が新鮮に映るし、そうした一つ一つの言葉を大事にするということに改めて気付かされる作品だと思いました(また、作中で統一の親友・然が自分の論の根拠を改ざんするという騒動も、逆説的にこの点に帰着するかなと思います。)。その意味で、本作は現代でこそ描かれる必然性がある作品だと思います。

 加えて、統一が著したとされる「ゲーテの夢 ―― ジャムか?サラダか?」に沿って展開される、多様性の捉え方・付き合い方の提示も白眉

曰く、ジャム的世界とは、すべてが一緒くたに融け合った状態、サラダ的世界とは、事物が個別の具象性を保ったまま一つの有機体をなしている状態を指す。

小説トリッパー2024年秋季号P.114

あらゆる場面・文脈で「多様性」というワードが使用される昨今において、「多様性」が本質を失って単なるポーズや免罪符のように使われることが多々ありますが、「多様性」自体の解像度を上げていかないと議論が全然進まないんですよね。そんな中で、本作ではわかりやすく世界の複雑性を紐解きつつ論を進めていく点は、興味深く読みました。

 冒頭にも述べましたが、本作の基礎となっている知識量がとてつもないので、読んでいるうちに、古典文学(特にゲーテをはじめとする独文学)や哲学をもっと知りたいと思わせる、そんな不思議な作品でもあります。


 他方で、気になる点をあえて挙げるならば、本作はおそらく今回の候補作の中で一番長い作品だと思いますが、作品全体を通して登場する文学・哲学をはじめとする知識・うんちく・引用が少し冗長ととられないかは気になるところでもありました。自分的にはそこまで気にならなかったけど、読み進めるのがかなり大変な読者もいるかもしれないですね。
 また、物語としても、出典不明なゲーテの格言の出典を探すという軸に加えて、然の「研究不正」問題、統一のテレビ番組出演での失態(格言の出典探しと関連はするが)など、エッセンスがかなり多い印象。最終的には、それらが登場人物を介してすべて綺麗にまとまるのだけど、軸が分かりにくいと捉える人もいるかなとは思いました。

 いずれにせよ、今回の芥川賞候補作の中では、自分としては本作がダントツで好きだったし面白かったです。著者の鈴木結生さんのほかの作品も読んでみたいと思ったので、小説トリッパーのバックナンバーも購入しました。

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