幼い頃から炭酸が大好きな4人兄妹がそれぞれの道に進み久しぶりに集まった
4人兄妹
兄と3人の妹たち
兄と長女は成人して、細身でピアノに堪能な兄は上京して音楽カフェで武者修行をしている。体形のよい長女は一人で実家に住んで菓子屋で働きながらスポーツジムに通っている。
小柄な次女は大学で家政学を学びながら、演劇サークルで子役ばかりにいささか不満を持っている。既に次女の身長を超えた三女は、卓球部に所属しながら大学受験の準備をしている。
久しぶりに実家に集合
兄が実家に帰ってくるというので、次女は下宿から、三女は高校近くの親戚の家から、それぞれ実家に来ている。
長女は、仕事は休みでも、スポーツジムは休めないと言って外出中。
和室の仏壇の前
少し暑さが和らいだ昼下がり
次女がつぶやく。
「お父さんが亡くなって何年目」
「この夏で3年目」と三女が答える。
2人が小さい仏壇に置かれた父の遺影を見ると、快い風が開け放した縁側の風鈴を鳴らす。
「ねえ、お兄ちゃん、まだ」
次女がキッチンの方に声をかけると「はいはい、お待たせ」と兄が飲み物を入れたコップを盆の上に乗せてもって来る。
兄は、次女と三女の前の座机にコップを置いて自分も座る。
白い液体
「氷が入ってないけどちゃんと冷たいの」と三女。
「大丈夫。よく冷えていたから、この方がおいしい」
兄がそう言うと、三女はいきなり飲む。
「甘くて、おいしい。これ何」
「店でお客さんからリクエストされて、その通りに作ってみたもの。冷蔵庫にちょうど入っていたからやってみた。これだと飲めるだろうと思って」
兄がそう言っている間に、三女は全部飲み干す。
しかし、次女はコップの白い液体を見つめたまま言う。
「これって、あれでしょ。香りでわかる。お父さんの好きだったやつ。それに、お兄ちゃんだけ、少ない」
「ああ、うん、ちょっと材料が足りなかったからお前たちに先にと思って。買ってくるように頼んであるから」
そう言ってから兄はコップを持ち上げて、少ない量の白い液体を一気に飲み干した。
飲み物の正体
「お父さんが好きだったのって」
三女が、次女が手をつけていないコップを見つめながら言う。
「そうだよ、牛乳の香りがする。これは牛乳と炭酸を混ぜたもの」
「えっ、そうだったの。こんなにおいしいものだったの。甘くて、飲やすい。私はもっと飲める」
「じゃあ、これあげるよ」
次女がコップを押し出すので、三女がそれを受取ろうとすると
「あ、ちょっと待って」
と次女が言い、もう一度コップを自分の方に持って行って、一口飲んだ。
「あ、飲んだ」
見ていた兄と三女が同時に叫ぶように言った。それほど、次女がこの牛乳と炭酸を混ぜたものを以前から嫌っているのを知っていたからだ。
飲んだあとに
「あとはあげる」
と次女が三女にコップを渡す。三女は受け取ると、今度は一度コップの中の白い液体をよくながめてから、飲み始めた。
「お父さんの作っていたのと違うでしょ」
「そうなのか。お客さんは、牛乳と炭酸を同じ量でと言っていたのでそうしたし、先に牛乳を入れてから静かに炭酸を入れるようにと。その通りにしたのだけど、お父さんのは違うのか」
兄がそう言うと、次女が軽くうなずいてから
「私が、お父さんのものを作ってみる」
と言うので、兄と三女は顔を見合わせた。
炭酸が好き
長女がもどる
「ただいま。まだまだ暑いね。みんな久しぶり。はい、これ」
長女が、風鈴を大きな音で鳴らしながら、縁側から上がり込んで来て、机の横に買ってきたものを置いた。
「牛乳と炭酸。三ツ矢サイダー。これは三ツ矢サイダーでなければダメ」
次女が牛乳と三ツ矢サイダーを机の上に置く。
「私、この大きな三ツ矢サイダーみていると、お父さんと買い物に行ったときのことを思い出す」
三女がつぶやく。
「そうそう。私も同じ。どうしようか迷ったけれど、お父さんと買い物に行くと、三ツ矢サイダーの値段をいつも確認して、高いときは3本、安いときは6本とか買っていたのを、さっきも思い出していた」
長女が汗を拭きながらそう言っているうちに、次女はもう空になったコップに三ツ矢サイダーを入れている。
兄も自分のコップに牛乳を入れて、次女から三ツ矢サイダーを受け取ってコップに入れている。
次女が三ツ矢サイダーを入れたコップに牛乳を入れると、牛乳が泡立って盛り上がった。
「ああ、そうだった。そんなのだった」
見ていた三女が次女のコップを見て大きな声を出した。
長女はキッチンから氷を入れた容器を持って来る。
父の味
「私が飲むのは、どれ」
氷を机の上に置いた長女が、どかりと座る。縁側の風鈴が音を立てる。
次女が自分が作ったものを一口飲んでから
「はい」
と長女にわたそうとすると三女が
「ちょっとだけちょうだい」
と言うので次女は三女に白い泡だったコップをわたす。
文句を言いたそうにしていた長女に、兄が作った白い液体を長女にわたす。
長女が無造作に氷をいれると泡が立ち始めるが、そんなことはお構いなしに長女は全部飲み干す。
「ああ、喉がカラカラだったから、これでもおいしいわ」
次女の作ったものを一口飲んだ三女は、長女の前にコップを押し出す。
「これは、私には飲みにくい。泡があるのと、白い小さな粒みたいなのが上にあって、私はお兄ちゃんの作った方が飲みやすい」
長女は三女からコップを受け取って、またそこに氷を入れて飲み干す。
その間に次女は再び空いたコップに三ツ矢サイダーをかなり入れて、そこへ牛乳を入れて、作ったものを一口飲む。
「これくらいかな。お父さんのやつは、三ツ矢サイダーが9で牛乳が1くらい。飲んでごらん」
次女が三女にコップを渡すので、三女は一口飲んで
「この方が飲みやすい。けれど私はもういい」
と兄にコップを渡す。コップを渡された兄は、少し迷惑そうな顔をしながら一口飲む。
「お父さんのものは、見た目はこんな感じだったな。もういい」
兄は長女にコップを渡す。
「この白いものまで全部飲むのかな」
机の上に置いた、氷の上に牛乳の泡と牛乳の小さな塊のあるものを見ながら言う。
「無理に飲まなくてもいいよ」
兄と次女と三女がほとんど同時に言う。それを聞いた長女はうなずきながら、兄から渡された三ツ矢サイダー9と牛乳1のコップに氷を入れて、一気に飲み干す。
三ツ矢サイダー
兄が3つのコップをお盆に乗せてキッチンへ行く。
「牛乳の炭酸割りは、三ツ矢サイダーが一番おいしい。それから一番の見やすいのは、お兄ちゃんが最初に作ってくれた牛乳を先に入れて、三ツ矢サイダーをあとから同じ量ぐらい入れたもの」
「どうして、あんた、そんなに詳しいの」
次女の話を聞いていた長女が言うと、次女が答える。
「サークルで何かのときにこれを飲む子どもの役があって、どうしたら飲みやすいかいろいろ試した。そのときに、お父さんが作っているのを思い出してそれも試してみた。お父さんが作っているのを見たときは、絶対に飲めないと思っていた。今でも苦手。でも、これはこれで、作り方でいろんな好みがあるのだと分かった。ついでに言えば、牛乳に合わせる炭酸は、三ツ矢サイダーが一番合う」
「私はお兄ちゃんが最初に作ったものなら、また飲めそう」
三女がそう言っているところに、きれいにしたコップを4つお盆に乗せて兄が戻ってきた。
「もう一回作ってやろうか」
兄がそう言うと三女は首を横に振る。
「2杯も飲んだから、もういい」
三女がそう言っているうちに、次女が三ツ矢サイダーだけをコップに入れる。そのあと兄も三ツ矢サイダーだけをコップに入れる。
そして次女はそのまま、兄は氷を入れて三ツ矢サイダーを飲む。長女が自分のコップに三ツ矢サイダーを入れて、残りのコップに三ツ矢サイダーを入れようとすると
「半分くらいでいい。氷は欲しい」
と三女が言った。
三ツ矢サイダーを仲良く飲んでいる4人の兄妹を見守るように、心地よい風が風鈴を鳴らしている。