サッカーが嫌いだった僕が、サポーターになった話
柏レイソルというサッカークラブを応援して9年になる。毎週末に行われる試合は欠かさず観る。我が家にある歴代のユニフォームやTシャツは10枚をゆうに超え、選手のサインが入ったお気に入りの逸品は額に入れられ、まるで王様のようにリビングの壁に堂々と鎮座している。
これほどまでに柏レイソルが人生の一部となっている生活を送っているが、決して昔から柏レイソルを、サッカーを好きというわけではなかった。
むしろ、サッカーが嫌いだった。
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小学生の頃は、クラスの人気者といえばだいたい運動が得意な者と相場が決まっていた。足の速いやつがモテる。ドッジボールの上手いやつが正義。
いつしか運動することにコンプレックスをもっていた。Jリーグが始まったのは小学4年のときで、クラス中がサッカーに夢中だった。昼休みのサッカーはクラス全員強制参加。苦痛である。そもそもボールがまわってこなかった。時たま自分の方に転がってきたボールを明後日の方向に蹴り飛ばしては、クラスメートを呆れさせた。
一体ボールを蹴って何が楽しいのか。そもそも足しか使えないスポーツってなんだ?
サッカーなんてキライだ。
ある日、父親がJリーグの観戦チケットをもらってきた。新聞を契約したときにもらった招待チケットだったと思う。一緒に行こうと誘われたが、まるで興味がなかった。選手も知らない。知っている選手といえば、当時アデランスのCM「アルシンドになっちゃうよ!」で話題だった西洋カッパのような選手ぐらいだった。せっかくもらったチケットだからと促され、生まれて初めてサッカー観戦をすることになった。
初めて、国立競技場に行った。とても大きい会場に驚いた。だが、客席から見えるピッチは限りなく遠い。選手たちは米粒ぐらい。なんだか雨も降ってきた。寒い。もう嫌だ。
僕の辞書から、サッカーの文字がなくなった。
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サッカーとは無縁の生活を送っていた27歳の春。僕の人生に転機が訪れた。
当時付き合っていた彼女(現・妻)が、鹿島アントラーズというJリーグチームの熱烈なサポーターだったのだ。
人間というものは、とても単純な生き物である。鹿島アントラーズに興味はないが、彼女には興味がある。あれほどまでにサッカーが嫌いだった僕は、それはそれは簡単に、誘われるがままに、デートで鹿島スタジアムに行った。
40,000人を収容する鹿島スタジアム。特筆すべきは、その圧倒的な大きさと迫力の会場。ではなく、名物のスタジアムグルメ「もつ煮」。いや、これが本当に美味い。試合をろくすっぽ見ず何度もおかわりをし、もつ煮を食べ続ける男。彼女は隣であきれ顔をしていた。
千葉から鹿嶋市まで車で3時間。半日かけて試合を観に行ったのか、もつ煮を食べに行ったのかわからなかったが、サッカー嫌いの僕に、ほんの少しだけ、サッカーとの接点ができた。
そんな年の冬、ちょうどJ1リーグの優勝に王手をかけていたのが、柏レイソルという地元のチームだった。J2から昇格して1年目の快進撃。勝てば優勝が決まる浦和レッズとの一戦。その試合が、テレビの地上波で放送されることを知った。
「地元の柏レイソルが優勝するかもしれない。ちょっと見てみようか。」
こんな軽い気持ちで、彼女と二人でテレビをつけた。試合はすでに始まっていた。テレビには、必死に走る選手たちが映っていた。選手は誰一人として知らないが、やはり地元のチームには勝ってほしい。
柏レイソルが攻める。「決めろ!」シュートが外れる。「クソッ、惜しい。」今度は相手選手がゴール前まで攻めてきた。「ヤバいぞ。」ボールを奪った。「よぉし。」
自然と、手に汗握っていた。あんなにサッカーが嫌いだった自分の心が、ほんの少しだけ動いたのがわかった。
「もっと観たい。」
自然と、そう思えた。
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試合は3-1で柏レイソルが勝ち、J1優勝が決まった。柏レイソルの試合を観るのは初めてだったが、優勝できたことが嬉しかった。
一緒にテレビを見ていた彼女に、
「来シーズンから、ちょこっとだけサッカーを見てみようかな。」と言った。
彼女は、
「ねっ?サッカーって楽しいでしょ?で、アントラーズを応援するんでしょ?」とウキウキしている。
僕は言った。
「いや、やっぱり応援するなら地元の柏レイソルかなぁ。」
彼女は言った。
「そう。負けないからね。よろしく。」
「よろしく。」
こうして、僕のサポーター人生が、はじまったのである。
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あれから9年、スタジアムのゴール裏で試合が終わるまで力の限り声を出し、試合の結果に一喜一憂した。全ての予定はサッカー観戦が中心になった。試合のない日や時間に他の予定を入れるという始末だ。家族が増え、6才と4才になる子ども達は生まれたときからスタジアムに連れて行き、一緒にサッカー観戦をした。今では、二人ともすっかりサポーター沼に両足がハマり、柏レイソルの試合を観に行くとなれば、前日からお祭り騒ぎだ。
大人になってサッカー応援をしているだなんて、あのときのサッカーが嫌いな少年が聞いても、きっと信じないだろう。もし会って話す機会があれば、サッカーの魅力を、とことん語ってやりたい。
人生は、ちょっとしたキッカケで動き出すのだ。