私は中学校があまり好きではなかったが、心の底から母校に行けて良かったと思えている。なぜなら、学年主任の先生が朝礼で言ってくれた「応援できる人、される人になりましょう。」という言葉が今でも忘れられないからだ。 人に対して「成長したね」「見守ってるよ」「期待しているよ」などと言うことが好きでは無い。どこか上から目線に感じるからだ。しかし「応援しているよ」という言葉には上から目線な印象は受けない。 もっといえば、応援とは相手の頑張りや、努力の結果に対する評価ではなく、相手の存在
自分が大学生になったばかりの頃、楽しく生きなきゃという強迫観念を感じてました。 楽しい場所に行かなきゃとか、思い出を作らなきゃみたいなプレッシャーでした。 高校生の時、憧れの青春を実現できず損したな…とか思っていたのが原因だったのかもしれません。(今思えば楽しかった) そんな中、8月頃に高校時代の友人と2人で旅行に行きました。 旅行中は、今自分は楽しんでる!と思うために必死で写真を撮ったり日記を書いたりしてました。現地の高校生カップル見て、ああいう青春がしたかった…
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