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恋に苦しむ隠キャ

私は高校の修学旅行で台湾に行くことになった。

この時の私に帰国時の気持ちなど微塵も想像出来なかった。


あれは最終日の前日だったか。

最終日と言っても旅行経験のある方ならお分かりの通り、帰国の準備や移動の時間等で観光などほとんどできやしない。

最終日の前日こそ(気持ち的には)最終日なのである。

そんな最終日前日の内容が、「各グループに現地の大学生が一人ついてくれて、一日かけて台湾を案内してもらう」というものだった。

私のグループを担当してくれたのは、どちらかといえば可愛い目の女子大生であった。

(強がるな。あれはしっかり可愛いレベルだった。)

雨の降りしきる寒い午前中から電車に乗り、台湾のあちこちを観光した。

大雨で足元が悪くとてもあちこち行くには不向きな日であった。

それでも歴史あるお寺や台湾の原宿と呼ばれる繁華街、とても美味しい本格的なレストランなどに連れて行ってもらった。

記念にその女子大生と私の班とで記念写真を撮ったりもした。


さすがに私も疲れた。

というのも、本当に日が暮れるほどになるまで一日中その女子大生に台湾中を案内してもらったのだ。

だんだんと疲れを感じてきて、日が徐々に暮れてきているのに気付き、今日の内容も終わりに近づいていると実感が湧いてきた。

しかしその時の私の中には”彼女との別れ”も同時に感じられてきたのである。

「うん?なんだこの感覚は?とにかく悲しいというか寂しいというか残念というか…。」

今夜の食事はレストランで食べることになっていた。

今日の観光を一通り終えたら各班このレストランに集まる、つまりこのレストランが最終地点になっていた。

私の班は時間に余裕を持って行動していたのか、そのレストランに早めに着いたため予定の時間まで待つことになった(この時既にすっかり日は落ちていた)。

また、一日中案内してくれた現地の学生達は担当した班員と同席してではないが、このレストランで食事をするということだった。

細かく言うと、このレストランに入ったらお別れということだ。(このように細く別れのタイミングを考えているのも何か気持ちの表れだろう)


そんな中、同じ班の女子が最後の最後に彼女含め、班全員で写真を撮ろうと言った(彼女といられるのも、今待っている時間が最後だから…)。

日が暮れて暗い中、フラッシュたいて彼女を含めた最後の集合写真を撮った。

それからも何分か待った。その待ち時間。私はただ辛かった。

もうお別れなのだと。

レストランに入り、事前に指定された席で食事をした。

(だめだぁ。せっかくの台湾料理が喉を通らない。)

食事が終わり…トイレットペーパーを流さず…ゴミ箱に捨てる…台湾のトイレで用を足した…。

バスに乗る…。

視界に入れたくもないホテルに着いてしまう…。

部屋に入る…。

私はベッドに横になる…。


班のグループLineに食事前撮った最後の集合写真があった。

暗い中フラッシュをたいて撮った最後の写真。

彼女が写っている。彼女は前にいたためフラッシュがうまく機能を果たしている。

最後の写真…。

(果たして今夜の私はぐっすり寝れるのだろうかぁ…)


最終日は冒頭に述べた通りである。

空港までバスの道のりは長く、空港に着いても気だるい手続きに骨を折る。

帰国の飛行機の席は完全にランダムで、他人同然の他クラスの生徒と隣になった。

しかしその時の私にはそんなことどうでもよかった。

ただただ台湾から離れているという現実に胸を締め付けられるだけであった。

帰国の飛行機にも関わらず寝ることはなかった(昨晩もあまり寝れなかったというのに)。

空港に着く。

そこからはもう各自帰宅。

私は空港から家方面まで一本で行く便利なバスがあったためそれで帰ることにした。

あの台湾の最終日を彷彿とさせる暗さの中、空港は眩しいほどの光を放つ。


私はバスの前側かつドア側でひっそりとしていた。

隣には他のお客さんが座る。

思い出したくもない帰りの飛行機をこれまた彷彿とさせる。

Lineで最終日の写真を見てしまう。

腐心。

(諸君。このバスでの出来事、このバスでの気持ちこそ私が最も共感して欲しいところである。これを書いている今も嫌なくらい記憶が蘇り、私の中の何か名状し難い傷が開きつつある。)

心苦しい思いをしていると、後ろから聞き覚えのある声がしてきた。

同じクラスで他班のメンバーが同じバスに乗っていたのである。楽しそうに男女仲良く喋っていた。

私を見てみろ。

友達もいない私はただ一人で寂しくひっそりと窓の外を眺めている。

なんと惨めなんだ。

その現状を際立たせるかのように男女メンバーの笑い声がバス内に響く。

何なんだこの悲しさ…。

確かに私は友達がいないことを自覚していたが、この状態を前にして初めて孤独の寂しさ、悲しさが私の真正面にぶち当たった。

ただ悲しい。

それだけではない。

国が違う彼女とはもう二度と会うことはない。

あの日一日中一緒に行動した故に気持ちが強く、別れが悲しくて堪らない。


そう、このとてつもなく深い二つの悲しみが私を襲ったのである。

ちぎれるどころではない。

辛酸断腸、悲痛感傷、 愛別離苦、 悲憤慷慨…。


どうにか死なずに終点に着いた。

私の家に最も近いバス停はこの終点地点であり、バス会社兼バスの駐車場になっていた。

私は駐車場から出てそのバス会社前の道路脇で母の迎えを待っていた。

数分後、母の車が向かってきたが母は私に気付かずそのまま駐車場の方へ入って行ってしまった。

車から降りてきてこちら側に私がいることに気付いた母は慌ていた。

今まで数日間も母と顔を合わせないことはなかったので、とても心配していたのだろう。道路脇にいた私に気付かなかったのも無理はない。

しかし、私としては久しぶりに母と顔を合わせることに何の感情も抱ない。

久しぶりの母の車の匂いに何の感情も抱かない。

母への返答もおざなりになる。

視界に入れたくもない我が家に着いてしまう。

広げたくもないお土産を広げる。

さっさと風呂に入る。

さっさと寝る。ずいぶん睡眠をとってない。


しかし、私はダメだなぁ。寝る直前に、何度見返したかも忘れたあの最終日の写真をまた見てしまう。


それからの日々。もう彼女のことが忘れられないのだ。

「台湾は時差がわずか1時間だから今は~してるだろうなぁ」

こんな経験今までの人生で一度もない。

彼女のことを思い出すたびにその別れ、二度と会えない切なさに心痛するのである。

しかし忘れられない。しかし…。

ただ苦しい…

消そう。

私はあの最終日の写真を消した。グループLineも退会した。その中に彼女の写真が何枚かあるから。

私のこの決断は功を奏し1週間程度で彼女に対する感情は薄れていった(これもまた悲しい)。


確かに彼女は可愛いかったが、容姿が整った女子はそこら中にいる。

それでもって私は彼女に異常なくらい魅かれた。

これはまさしく私の”タイプ”であったのだろうと解釈した。

今まで恋愛だのなんだのといってキュンキュンする女子の理解に苦しんだ。しかし今回の経験でそれがわかった気がする。

そう考えてみると今回の修学旅行は非常に素晴らしいものだったといえるかぁ。

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