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第9章sho-wa to hey-sey ノスタルジック小説 かえろっか / 俺たちに きのうはない

1999/時を超えて

青い空 白い雲 緑の木々それぞれの色が競い合い濃いコントラストを映し出す
湿った空気と乾いた空気が混ざり合い季節の変化を探り合う
でもまだしばらくは太陽が主役であることが
アスファルトに溜まった熱が物語っている
移りゆく季節の中記憶だけはそれを拒んでいるように

 蝉時雨がまだまだ終わらない夏を楽しむように鳴り響く、玄関先から庭に打ち水をしている響子の背中から線香の香りとりんの音が流れてきた
仏壇に手をあわせていた和枝は深いため息をつき
「あれから21年あの子も38になるんだね、でも私にはあの子は17のままの記憶しかない、だから毎年が18才の誕生日・・」
「そうね母さん今日は20回目のケンイチの18才の誕生日ってわけだ」
響子と和枝二人はこの家に帰って来ていた、久しぶりの和枝はいつもの様に掃除を始めようとしたのだがどこも綺麗にかたずいていた
「響子、最近ここに来ていたのかい」
「えぇ、母さんを今日ここに連れてくるのに手間かけないように掃除しに来てたのよ」
首筋の汗をタオルで拭い普段通りの笑顔を向けた、
「さあこっちに来ていつものようにお祝いしましょ」
響子は和枝の手を引き健一の部屋に招き入れた、そこは綺麗に片付けられ健一達がいた気配さえもないように見えた、 部屋の真ん中に置かれた座卓には健一の好きな食べ物や苺のケーキがホールにで置かれ18本のロウソクが立てられていた、ただ和枝は気付かなかったがいつもより飲み物の種類と数が多く置かれていた、
「母さん思いだすよねここに来ると」
和枝は部屋から見える庭の枇杷の木を眺め何も言わず微笑んだ
「さっ始めますか」
響子は和枝には見えない角度で携帯電話を取り出してメールの送信ボタンを押すとそれを閉じマッチでロウソクに火を付け出す、和枝は微笑みながらも瞳には悲しみが宿っているのが響子にはわかったが、かまわず火を付ける、ちょうど18本目にかかった時だった、二人にはっきり聞こえてくるオートバイの音、どんどん近づいてくる、それがみっつの音だとわかった時その3台は庭にすべり込んできた、和枝の鼓動が半端なく早まった、いつの間にか響子が和枝の後に回り込み肩を抱き寄せしっかりと抱きしめた、
「今日は母さんに最高のプレゼントがあります」
耳元でささやいたが和枝には聞こえていたかは解らない
 白い戦闘服の3人と半帽を首にかけた少女が庭に降り立った
「ただいま~オフクロいまかえったよ」
「ただいまカズさん」
「久しぶりっすカズさん」
「・・かっず・・」
ヒロシは涙と鼻水で言葉にならない
でももっと言葉にならずにいたのは和枝だ、いま何が起こったのか、これは現実なのか夢なのか、開いた口からは言葉も出ずただとめどなく熱い涙があふれ出てくる
健一は縁側から駆け寄り和枝の肩を抱きしめたそして
「ただいまオフクロ待たせてごめんよ」
そう言うと短くなったロウソクの火を吹き消した
「おめでとうケンイチ!ハッピーバースデイ」
みんなが口を揃えて歌い出した、静香、剛志、ヒロシも和枝にハグして声をかけたがヒロシだけは何を言っているのかはわからなかったがそれで良かった
和枝の涙はまだとめどなく溢れていた、どこにそんなに涙をためていたのかはわからないがきっと21年分の涙があふれ出たのだろう
和枝が落ち着きを取り戻すにはかなりの時間がかかった、いや今も普通ではいられないのがみんなにはわかった
「わ・か・い・・」
和枝からはじめて出た言葉だ、その言葉にみんなの気持ちが和らいだ
「当たり前だよオフクロ、オレたちがちょっといない間にそっちが勝手に歳食ったんだから」
「なに生意気言ってんだよケンイチ、どれだけ母さんに苦労かけたと思ってんだよ」
そう言うと健一の頭を小突いた
「でもどうして」
やっとこの状況が現実に起こっていることを確かめるように和枝が言った
「オフクロ、今からオレたちが聞かせてあげるから安心しな、オレ達は決して亡霊でも幽霊でもないって事をね・・・」
 その日都筑家は賑やかに時にはヒソヒソと会話が途切れることなく時間は過ぎていった、
「そうだヒロちゃんあなたの家族今広島に住んでるよ知ってる?」
和枝の口から出た言葉にみんなが驚き和枝を見た
「あのあと色々あってねここにも来たんだ警察関係の人がね、あなた達の事をあれこれ詮索せず騒がないようにと、それでね引っ越すならそれなりに協力するって、資金も含めね・・・マスコミは騒がなかったけどやっぱり団地の噂話ってのはねぇ・・」
「それじゃヒロシの家族はみんな大丈夫なんだ」
健一はヒロシの肩に手をかけ揺さぶった、金髪ホウキ頭を両指で書き上げなんとも言えない笑顔を見せた
「そう、ツヨシくんのお父さんも元気にしてるよ毎年年賀状と暑中お見舞いのハガキが来てるからね」
ヒロシも剛志もひとつ吹っ切れたような顔をしている
「でも不思議だよなぁ、つい何日か前に会ったばかりのオヤジなのに懐かしく思っちゃうなんて」
剛志が苦笑いをしながら言った、
「ゆえにオレのじっちゃん90越えだよ、生きてんのかなぁ」
「そこまでは私にもわからないけど、連絡先はわかるよ、ツヨシくん家もね」
和枝が携帯を取り出して見せると、剛志が少し考えてから言った
「カズさんやっぱりオレはいいよ、だって元の時代に変えるって事は行方不明にならないってことだろ、だったら今話してもあんま意味なさそう」
「って事は・・オレも帰れれば引っ越さないであの団地で・・て事はみんなとずっと一緒だ・・ゆえに~なんかよくわかんないけど・オレもみんなが無事なのならそれでいいや」
和枝は携帯電話を戻し、微笑んだ
「あんた達ちょっと会えないうちに大人になったねぇ~」
「それはそうだよ、あっとゆうまの21年ぶん歳食ってんだから」
大きな笑い声が玄関から漏れていた

 夜もふけ和枝は少し疲れて来たようだその様子を響子は素早く感じた、やはりいろんなことが一度に起こったわけだし病気の事も気にかかる
「母さん今夜はこれでお開きにして休みましょう私の部屋にお布団が用意してあるの今夜は私と母さんそれにシズカも一緒に眠ろうね」
それを聞いた健一が時計を見た、いつもならまだまだ起きている母だがやはり21年の年月は変えることはできない、
「そうだよオフクロまた明日がある」
「私も眠たくなって来ちゃった、カズさん一緒に寝よう」
静香が気を使い和枝をうながす、和枝は少し不満そうな顔を見せたが腰を上げた
「そうそう一つ言い忘れていたわ」
和枝はそうゆうとみんなに微笑み言った
「ケンちゃんそしてシーちゃん、ツヨシとヒロシも・・みんなおかえり」
そう言うと静香と一緒に響子の部屋に向かった
「おやすみオフクロ」
「おやすみカズさんまた明日」
「おやすみなさい」
大きなあくびをしたヒロシを見て
「オレたちももう寝ようか少し早いけど」
そう言うと座卓を部屋の隅に寄せた、その時響子が健一の肩をポンと叩き
「ちょっと付き合ってくれる」
と耳元で言った
 玄関を出て港に向かう路地を響子と健一は黙って歩いている、防波堤の水銀灯の明かりが二人の影を移す所まで来たとき響子は海を見ながら大きく背伸びをすると健一の方を振り返り言った
「今日は母さんとケンイチには最高の誕生日だったよねもちろん私やみんなにとってもね」
「あぁ姉貴からメールが来るまで皆んなドキドキしたよ、初めてバイクに乗った時みたいに、でも思ってたよりオフクロ元気そうだったな」
「その母さんのことなんだけど」
健一はその言葉に動揺した、姉の話しがいい話ではないことは薄々感じていたのだが実際に言葉にされると不安が走る
「やっぱりそんなに良くはないんだ」
「今日18になったばかりのケンイチに言うのは酷だけどちゃんと言っておかなければだめだと思う」
響子は防波堤に腰を下ろしたその横にケンイチも座った
「けっこう進んじゃっているんだよね、ガンってやつが、ほら母さんあの性格じゃん診てもらったときには転移しててさメスを入れてもしょうがないって言われちゃった」
「で、あとどのぐらいなんだよ」
「半年かもって一年」
「マジかよ」
健一は思わず立ち上がり砂浜に飛び降りた
「マジだよ、だからこの先も健一が一緒なら母さんも心置きなく逝ってくれるとも考えたんだ、けどね」
「けどねって何だよ」
「健一、あんたならうまくいけば母さんを救うことが出来るってことだよ」
「えっ、どうやって」
響子も立ち上がり砂浜に飛び降りたそして健一の両肩に両手をのせその目を覗き込むように言った
「まだ解らない、あんたはタイムトラベラーなんだよ」
「・・・あっ!」
「解ったみたいだねケンイチ、そうだよ」
「つまりオレが元に戻ったとき母さんはまだガンに犯されてはいない訳だ」
「そうよガンを予防することは出来ないかもしれないけど、いずれガンになる事を知っいるケンイチがそばにいればそれをいち早く見つけることはできる、手遅れになる前にね」
健一は響子の言葉にさっきまでの沈んだ気分が一気に弾んだ、あの時代に帰りたい思いが何倍にも膨らんだようだ
「解った姉貴オレ絶対帰ってやるから任せな」
響子は健一の言葉にうなずき肩にかけていた両手を背中に回して力一杯抱きしめた
「やめろよ姉貴恥ずかしいだろ」
18歳の少年が小声で言った

 次の日台風のうねりがようやく届き始めたようで時折沖合のテトラポットが白い波をかぶっていた 
和枝と健一は防波堤のふちに腰を下ろして海を見ていた
「ここの景色もずいぶん変わったね」
「あぁ、ちょっと前までここに良い波来てたのになぁ」
「そうだね、ケンちゃんがいなくなった後サーフィンブームってのがすごくってね、この海岸にも人や車が波のように押し寄せてきてね、ゴミは捨てるは夜中に騒ぐは、挙げ句の果てには民家の水道で水浴びするはでね、あの頃はマナーが悪かったんだ、この辺の地域で色々対策を考えたんだけど、どっかの偉いさんが『波を無くしちゃうのが手っ取り早い』てことでテトラポットが入れられたんだよ」
健一は沖に積み上げられたいくつかのコンクリートの山にやるせない思いで一杯だったが『そっか』と目が輝いた、帰ったらしなければいけない事がひとつ増えたようだった、健一は立ち上がりテトラポットの山を指差し言った
「おふくろ、俺がかえてやるよ」
和枝はその言葉の意味がよく理解できなかったが微笑みながらテトラポットの山に視線を送った、その山と山のあいだを通り抜けたうねりが申し訳なさそうにブレイクしていた
「そうなんだねケンちゃんには少し前の記憶そして今は21年後の現実か」
「そーだよホントぶっ飛んだ話だよなぁ、今も長い夢を見ているようさ」
「ほんとケンちゃんがどこかで生きているってずっと信じて来たけれど、まさかいなくなった時のまんまでてくるとはね・・ぶっ飛んだ話だよ」
ふたりの笑い声がまだ熱くはない海風に乗って流れていった
 ふたりの笑い声が堤防の方から聞こえて来た、魔法瓶を手にした静香は小走りになっていた
「なぁに、ふたりで盛り上がってんのよぉ~私もいれてよぉ~」
心地良い日差しが少し熱く感じ始める時間よく冷えた麦茶が3人の喉を流れていく、サイズはあの頃よりずいぶんとこじんまりしたが何とかサーフ出来そうな波が目の前で健一を誘っているようにブレイクしていた、
「俺ちょっと家に帰って来る、シズカ、オフクロたのむなすぐ戻るから」
健一は立ち上がると二人を残して走って家に戻っていった
「シーちゃん、お父さんとは話したのかい」
和枝は海を見ながら尋ねた
「・・・・」
静香は隣に座ると海を見ながら首を横に振った
「そうなんだ・・何度か家に訪ねて来たよ、そのたびあの夏の話を私から聞いては帰っていったよ、その後ろ姿は無くしたものの大きさに押し潰されそうな父親の背中だった」
和枝はそうゆうと静香の肩に片腕をかけ抱きよせた

「なにケンイチ、なにしてるんだよ」
帰るなりサーフトランクスをはき納屋からサーフボードを引っ張り出した健一を見てヒロシが言った
「見てのとおり、なみのり」
「マジかよ、波あんのかよ」
健一は親指と人差し指を5センチほど離してニッコリして答えた
「そっかオレも暇だし行こっかな」
ヒロシは少年ジャンプを閉じTシャツを脱ぎながら剛志に向かい
「なぁ、ツヨシおまえも行くだろ」
バイク雑誌を閉じ剛志も服を脱ぎ出す
納屋にあったもう一枚の古いサーフボードを二人で抱え健一の後を追い路地を小走りに下っていった
「ちょっと待てよケンイチ~」

静香と和枝の耳に話し声と笑い声が聞こえた、振り返ると健一、ヒロシ、剛志がガヤガヤとこっちに歩いて来る
「ふたりでなにしてんのかなぁ、仲良しさん」
ヒロシはそうゆうと魔法瓶に手を伸ばした
「シズカちゃんもやんない、なみのり」
静香は首を横に振って微笑んだ
「ヒロちゃん波のれたっけ?」
和枝が言うとヒロシは首を横に振った
「まっ、とりあえずは挑戦!」
気がつくと健一はもうすでに沖に向かってパドリングしていた、テトラの山と山の間に腰ぐらいの高さのうねりが入ってくる、向きを変え今度は岸に向かってパドリングする、ボードのテールが持ち上げられる一瞬の無重力感の後ボードは走りだした、しなやかにテイクオフするとボトムから波のトップにターンを繰り返し加速しながら波に乗っていく、それを見てヒロシと剛志も浜に降りていった
 金髪の竹ほうき頭がボードに乗りバシャバシャ水しぶきをあげながらパドリングして来た
「ケンイチー!どうやるんだよ」
健一はボードから降りてヒロシのボードをつかみ岸に向けた、深さは胸のあたりでそんなに深くはなかった
「いいかヒロシ波が来たらオレが押してやる、板が滑り出したらいっきに立ってみな」
そうゆうとヒロシの乗ったボードのテールをつかみ沖を見た、ちょうど手頃な波が入って来た高さもそこそこ、波が二人に向かって来たお腹のあたりまで海面がグッーと引く
「来たよ来たよいくぜヒロシ」
そうゆうと健一は力強くボードを前に押し込んだ、波のフェイスがテールを押し上げる、ボードがすべりだした
「いけーヒロシたて~」
膝まで水に浸かって見ていた剛志が叫んだ、ボードは加速し安定する、ヒロシはおそるおそる立ち上がった
「いやっほ~!」
叫ぶと同時に後ろにひっくり返った、乗り手をうしなったサーフボードは宙をまい剛志の目の前の海面にノーズから突き刺さった
「あっぶねーなヒロシ殺す気かよ」
「わりぃわりぃぶっ飛んじゃったよ、バイクみたくうまく乗れないよ」
そんな様子を見ていた静香は堤防から飛び降り振り返ると
「カズさんありがとう、もう少し考えてみるパパのこと」
そして健一達の方に向かって走っていった
「お~いそこの不良少年達!私も仲間に入れて~」
 朝と昼のあいだのゆっくりとした時間の流れを感じながら目を閉じると心地よい風に乗って聞こえる子供達の声に21年前に戻ったように和枝には思えた
「かぁーさん」
目を開け振向くと、響子がお弁当と飲み物を手にして立っていた、そして足元に荷物を置くと日傘を開いて手渡した
「キョウコ見てごらんよ、あの子達ちょっとも変わってないよ」
「ほんとアイツらといるとこっちの方が変わってしまったような錯覚をしちゃう・・」
二人並んで防波堤にすわり目の前の夢のような現実を心に焼き付けるように目を細め見つめていた

          【to be continued】

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