見出し画像

【小説】放課後エヴァンゲリオン考察部

時は2000年。TVアニメから5年、劇場版公開からも3年が過ぎてなお、14歳を迎える少年少女たちの心を揺さぶる作品があった。

その名は、新世紀エヴァンゲリオン。

賛否を巻き起こしながらも作品の完結を疑うものはいなかった、その頃。社会現象とまで言われたエヴァンゲリオンは順当に過去の作品になりつつあった。

そんな中、偶然にも、3人の生徒がレンタルVHS、兄弟の影響、それぞれの経緯でエヴァンゲリオンに出会う。

M田、K崎くん、そして私の3人は掃除の班が同じになったことをきっかけにエヴァンゲリオンの話で意気投合することになった。

アニメ見たさに陸上部の練習をすっぽかし最終的に退部することになった伝説のオタク、M田は、さておき、K崎くんがエヴァンゲリオンにハマっていたことは意外だった。

いつも飄々とした佇まいのK崎くんは、エヴァンゲリオンが内包する鬱屈とは最も遠い世界にいるように見えたから。

きっと、私とM田だけでは、考察部の立ち上げまでには至らなかったと思う。K崎くんの鶴の一声で、放課後それぞれの資料を持ち寄り、作品を考察する日々が始まった。

「で、結局、26話は、人類補完計画が完成されちゃったってことでいいのかな?」
「そう、でも、最後はシンジくんが拒絶して、まごころの最後に行くんじゃね?」
「じゃあ、26話は途中までの話ってこと?それとも、劇場版はループ?M田の見解は?」
「いやぁ、ボクは明るいエヴァが好きだから。あんま、結末興味ないんだよね。ワイワイやってる時がよかったよ。ちなみに、2人はいちばん好きな回は?」
「静止した闇の中で!」
「はは、わかってるね!」
「うん、ぬるいな、ああのヤツね!」

「少し、黙ってくれる?」
部屋の対角から美術部のA宮さんの声が響いた。こちらに顔を向けることもない彼女。後頭部の丸みを活かしたショートカットの首筋が艶めかしい。

美術部と言っても部員はひとりだ。
長年、廃部となっていた美術部だったが、美術教師がA宮さんの才能に惚れ込み、部を復活させたらしい。なんでも部活の形式を取らなければ出展できないコンクールもあるらしく、A宮さんの経歴にとっても、学校にとってもプラスになるということらしい。彼女の受賞作は学内に飾られており、実力は学校中の知るところだった。

「すみません、小さい声でやりますから…」
黙る2人の代わりに応える。

「集中できないの。
あなたたち、正式な部活登録していないでしょう?美術室使用の許可はあるの?
それに、ごめんなさい、私、好きじゃないの。自分では、何も生み出せないくせに、人の作ったものに手垢をベタベタつけて消費するだけの人たちが…。まるで、あの人たちと同じ」

何も返す言葉がなかった。
今となっては、「あの人たち」が誰だったのか尋ねるべきだったのかもしれないと思う。それこそが彼女が私たちに聞いてほしいことだったのかもしれない。

でも、そのときの私には、そんな余裕はなかった。

スキゾは見つからなかったものの、古本屋で買うことができたパラノ・エヴァンゲリオンを引っ掴み、何も言わず、階段を駆け降りる。

彼女は正しい。圧倒的に。
私は何も生み出していない…。
そう、劇場版で庵野秀明にさえもNOを突きつけられた存在ではなかったか。
私だって、生み出そうとしてるけど…でも…。
作ろうとしても、私なんて真似事ばっかりだ…。

4階を一気に駆け降りて息が切れる。未練がましく居残っているように見られるのはイヤだったが、ピロティで立ち止まったところにM田とK崎くんが降りて来た。

先に駆け下りてきたM田との間の沈黙を破るように
「大丈夫か?」
とK崎くん。
「A宮もあんな言い方ないよな。でも、A宮の言うことはあってると俺も思う。俺、今日で抜けるわ、考察部。
俺は俺で、なんか探さないとな。
しかし、A宮って、なんか雰囲気、綾波に似てないか?」
K崎くんはニカッと笑った。

確かに、A宮さんは綾波レイに似ている、私もずっと思っていた。あの丸みを帯びたショートカットも、涼しげな目元も、なにより自分がすべきことをひとりでも貫くところも。
でも、K崎くんにだけは、そう言ってほしくなかった。そう思ってほしくなかった。

その想いを隠すように言葉は溢れる。
「それ思ってた!A宮さん、リアル綾波だよね!」
「なっ!じゃあ、俺、帰るわー!」

M田が綾波の件に同調しなかったことは、せめてもの救いにも思えたし、逆に何も意味がないことのようにも思えた。
帰り道が同方向だった私とM田は、無言で歩き出した。

「先月の少年エースにさ、綾波のイラスト載ってたけど、もしかして描いた?あのドレスの」
「え、なんでわかるの?うん、送ったけど」
「いや、なんとなく」

M田にイラストを見せたことなんてなかったから、未だになぜわかったのかはわからない。ノートに落書きしたりしていたから、どこかで見ていたのかもしれない。それを問い詰めるのも少し怖く感じた。誰かに認められることを望んでいながら、自分に注目している存在が実際にいることを知るのはどこか気持ち悪かったのかもしれない。でも、ただ純粋に悪い気持ちでもなかった。

「でもさ、全然うまくないし。エースの投稿コーナーって、ぶっちゃけあんまレベル高くないよね」
「そっかな?ボクは絵とか描けないから、羨ましかったよ」
「いや、でもさ、今日も思ったけどA宮さんの絵とか見ると全然違うよ。A宮さんは鉛筆で探り探り描いたりしてない。描くときには、もう頭の中に形があるんだと思う…。
でもさ、M田は陸上があるじゃん!まだ市の大会の登録間に合うでしょ?
部員の人言ってたよ、結局いちばん速いのはM田だって。今から復帰すれば…」
「あれは、別に好きなことじゃないから。逃げ足だけは速くなったけど」
M田は笑った。

M田がアニメ見たさにジャージのまま、練習から抜け出し、他の部員が誰も追いつけなかったことは学校の語り草になっていた。
M田のフォームはかなり特殊で、どう見ても、足が速い人間のフォームには見えないのだが、実際には1年から3年まで、まともなフォームの連中を抑えて誰よりも圧倒的に速かったのだ。

顧問や部員たちは仕切りにM田のフォームをからかったり、矯正しようとした。M田は「アニメが見たいから辞める」と言い張っていたが、本当はその介入が負担だったのかもしれない。


その日以来、考察部の面々とは、話すことが極端に減った。今思えば、深いところまで踏み込み過ぎてしまったのかもしれない。
エヴァンゲリオンという共通の話題を通じてのやり取りで保たれていた均衡が崩れたのだと思う。
もう一歩踏み込むという選択肢を持たなかった私たちは離れるしかなかった。

私にとっては、14歳のときに起こったことなんて、全てが尻切れトンボだ。
何か納得のいく落とし前をつけることなんて、とてもできない。きっと多くの人にとってもそうだろう。

そう考えると、庵野監督は無理難題を押しつけられたものだ。

今、私は14歳のときには思いもよらなかった場所で、シン・エヴァンゲリオンの上映を迎える。さあ、今から「さようなら」できるのだろうか、すべてのエヴァンゲリオンに、そして14歳の痛みとわだかまりに。

きっと、あのとき絡んだ物語を解きほぐすことはもうできない。でも、私が14歳だったことは、ずっと変わらない。そのことは、私の中にずっと残って、死ぬまで誇りに思うのだろう。

@hapibi_nileでTwitterもやってまーす;) フォローしていただけると泣いて喜びます! Twitter: https://mobile.twitter.com/hapibi_nile