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笑うバロック(680) 女流の時代、その2チェロは歌いガンバは語る

続けて意欲的な録音に耳が釘付けになりました。
ライブと違って記録が残る録音は、演奏者が様々なアイデアの中から既存の録音とは差異があり残す価値があり、聴く人びとを説得できること、が問われます。「自由にしかし逸脱せず」は99.9の同質性を踏まえながら、わずかな差異を再聴取につなげられるかどうか、がポイントになりそう。
で、ビバルディのホ短調チェロ・ソナタ。いまや世界中の弦楽器教室で勉強中の人びとを楽しませている、はず。
バロック音楽を中心に据えている演奏家は「始まりであり終わり」の一つかもしれません。


ひとりはチェロ奏者、Hanna Salzenstein ハンナ・ザルツェンシュタイン、いやアナ・サルゼンシュタインかしら。
「そしてチェロは歌う」くらい。歌謡性明快。
ビバルディのホ短調ソナタはかなりロマンチックに聴こえます。テイラーくんのチェンバロの音がバリバリと喧しくて好い感じ。
未知の作曲家の技巧的な曲を配して、ビバルディのトリオ、ビバルディが立派な芸術家に聴こえてきます。そして民謡風から始まったプログラムはにぎやかな太鼓のリズムで踊りくるいます。

01. ジュリオ・タリエッティ[1660-1718]:チェロと、スピネットあるいはヴィオローネで弾くアリア・ダ・スオナーレ19番~アダージョ
02. ジューリオ・デ・ルヴォ[c.1650-c.1716]:シャコンヌ
03. ヴィヴァルディ:チェロと通奏低音のためのソナタ ホ短調 RV.40
04. ジュゼッペ・マリア・ダッラーバコ[1710-1805]:独奏チェロのためのカプリッチョI ハ短調
05. ヴィヴァルディ:チェロと通奏低音のためのソナタ 変ロ長調 RV.46~ラルゴ
06. プラッティ[1607-1763]:チェロと通奏低音のためのソナタ第3番イ長調~ラルゴ
07. ジョルジョ・アントニオット[1681-1776):チェロと通奏低音のためのソナタ第4番ニ短調
08. ダッラーバコ:無伴奏チェロのためのカプリッチョ第4番ニ短調
09. マルチェッロ[1686-1739]:チェロと通奏低音のためのソナタ第3番ト短調~ラルゴ
10. ガスパロ・ガラヴァリア(18世紀):チェロと通奏低音のためのソナタ ト短調
11. ダッラーバコ:無伴奏チェロのためのカプリッチョ第4番ホ短調
12. ヴィヴァルディ:トリオ・ソナタ(ヴァイオリン、チェロと通奏低音)ト長調 RV.820
13. ジューリオ・デ・ルヴォ:タランテラ
ハンナ・ザルツェンシュタイン(チェロ) ジュスタン・テイラー(チェンバロ) ティボー・ルーセル(アーチリュート) アルベリク・ブルノワ(チェロ) テオティム・ラングロワ・ド・スワルテ(ヴァイオリン) マリー=アンジュ・プティ(パーカッション) 録音:2023年10月

18世紀にソロ楽器として台頭してきたチェロの声をたどる1枚。18世紀、音楽家たちは自分が書いた作品の楽譜と楽器を携えてヨーロッパを旅していました。そうした音楽家たちの作品を取り上げています。
18世紀、通奏低音の要であったチェロは次第にソナタ、独奏チェロなどの作品によって光をあびるようになります。ヴィヴァルディも、急速なパッセージなどヴァイオリンの技巧をとりいれたパートをチェロのために書きました。アントニオットはミラノで生まれたヴァイオリン奏者で、政治的な理由でイタリアを追われスペイン、フランス、英国、スイスなどの宮廷で活躍しました。パリに居を構えた時に剣で手を負傷、その後チェロに転向しました。パリの聴衆は18世紀もなおヴィオラ・ダ・ガンバの親密でより内省的な音色を好んでおり、チェロが台頭してきていることに対して警鐘を鳴らす論文が発表されるなど、彼らがチェロを受け入れるには時間がかかりました。このアントニオットの作品も、コントラスト、執拗なパッセージなど、チェロの楽器の魅力が発揮されるように書かれている一方、当時のパリの人々が挙げたチェロの「特徴(ヴィオラ・ダ・ガンバと比べて、当時のパリの人々にとっては刺激が強すぎた)」がよくもわるくも見られる作品となっています。また、無伴奏チェロの作品を書いたジュゼッペ・マリア・ダッラーバコは95歳と長寿(ボッケリーニと同じ年に亡くなった)ですが、バイエルンの宮廷に務めながらも自由に音楽旅行もできたという恵まれた立場で、ギャラント様式および前古典派スタイルをとりながらも、バロックの余韻も色濃く残す作風が魅力です。音楽史的にも音楽的にもきわめて興味深いプログラムとなっています。

もうひとり。ガンバ奏者。サロメ・ガスラン またはガセラン Salomé Gasselin。こちらは「Lecit レシ」。「ガンバは語る」みたい。内容も対照的です。朗読的でゼスチャールールのある演劇的です。
「レシ」というタイトル。辞書(ブイスー252)をひきました。

宮廷バレエにおいて歌われる要素の強いレチタティーヴォ〔レシタティフ〕に類似した声楽形式を示すために用いられることが多い。後に、フランスの宗教的なレパートリーではレチタティーヴォではなく、歌われる「エール」を示すが、1690年以前は複数の声部によるもの、リュリ以後はしばしば小編成の管弦楽伴奏のついた1声部だけのためのものを意味する。また、合唱との「対話」の形で扱われる時もある。
オルガンのレパートリーにおける「レシ」は、声楽ジャンルからの連想で、メロディの音色に特徴(ナザール管、コルネット管、フルート管、オーボエ管など)があり、穏やかな伴奏のついた器楽「ソロ(独奏)」を指す。
また同じくオルガンと関係して「レシ」は、まさにソロ、語り〔レシ]、対話に割り当てられる繊細な演奏に適したオルガン鍵盤のことも意味する。

マレの第5巻のシャコンヌは思い出深いもの。初めて買ったマレのCDが5巻の選集で、膀胱結石が収録されているものの不慣れな組曲の並びに戸惑いながら「シャコンヌ」とはあのクライマックスの「シャコンヌ」と聴きました。
ビバルディのラルゴとはずいぶん違うのですが、リズミカルな同音反復があったなあ、と。

マレ第5巻83シャコンヌの途中



組曲ニ調 (1)ジャック・ボワヴァン:レシ・グラーヴェ (2)アンリ・デュモン:アルマンド (3)マラン・マレ:鐘あるいはカリヨン (4)同:人間の声 (5)アンリ・デュモン:デュモン氏のパヴァーヌ
組曲ホ調またはト長 (6)ジャン=アダム・ギラン:ティルセによるレシ (7)同:トリオ (8)マラン・マレ:ジグ「もめごと」 (9)同:嘆き (10)同:シャコンヌ (11)ジャン=アダム・ギラン:ディアローグ (12)マラン・マレ:昔のリュート作曲家の流儀によるパヴァーヌ
組曲イ調 (13)ジャン・フランソワ・ダンドリュー:ティルセによるレシ (14)アンリ・デュモン:オルガン・タブラチュアによるアルマンド (15)ルイ・クープラン:ピエモンテ人 (16)マラン・マレ:サラバンド (17)同:花嫁 (18)同:ファンタジー
組曲ニ調 (19)ルイ・マルシャン:レシ (20)ピエール・デュ・マージュ:バス・ド・トロンペット (21)ルイ・クープラン:クープラン氏のサラバンド (22)ピエール・デュ・マージュ:プラン・ジュ
【演奏】 サロメ・ガセラン(ヴィオラ・ダ・ガンバ) エマニュエル・アラケリヤン(オルガン)、マティアス・フェレ、アンドレアス・リノス、コリンナ・メッツ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、 ジャスティン・テイラー(チェンバロ) 【録音】 2021年9月12月

チェロは歌い、ガンバは語り、とくればあとはバイオリンがぶっ放せば----「ル・ブラン・セット」の完成です。



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