笑うバロック展(280)  「健康で文化的な最低限度の」ピアノでバッハを聴く

youtubeは昔のラジオのようです。きちっとした番組になっているものもあれば、まるで混線したような断片もたくさん。しかし聴きようでは玉石混交。それでも、録音された音が記録メディアと再生装置によって商品価値があったのは昔日のこと。脈絡がない分、刹那的な媒体ですが、探せば掘り出し物が、というのは古書店巡りをしているようでもあります。

バッハとピアノで検索を続けると、やはり次のピアニストたちが話題になります。
独特な弾き方のグールド、孤独な平均律のリヒテル、バッハ演奏に半生を捧げたようなニコラエワ、テューレック、ヒューイット、シフ。ロマン派に好まれた作品や編曲を弾く者、グルードの特殊性に対抗しようとするもの、きっとシフやペライヤあたり。リヒテルの平均律に対峙して、バレンホイム、ポリーニ、アシュケナジが。お気に入りのひとりアファナシェフもこの辺かしら。
古楽器の運動が、ピアノでの演奏そのものに影響を与えて、良くも悪くもバイリンガル的な人。ムストネンあたりからの世代。バーラミ、シュタットフェルト、フレイ、サイ。さらに一歩進めて、バッハのピアノの時代の編曲をオリジナルとして扱う場合も。なぜバッハばかり、と思う人もいるかしら。島田荘司のいう「狂い咲きのソメイヨシノ」なのでしょうねえ。ソメイヨシノの季節にバッハを聴くのは季が合っているのです。

出先で久しぶりにオルガンのトッカータとフーガニ短調がかかり、その後バッハの音楽を聴き続けました。貴重な体験でした。
youtube上の音楽を上手に選曲すれば、もはやクラシック音楽はお金を出して買う時代ではなくなりました----?
youtubeで様々な出会いが。こんなことがなければ聴かなかったでしょう。

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CPEバッハの「フォリア」変奏曲のピアノ版を探したら、ミス・アゼルバイジャンという美貌のピアニストを発見。ルビンシュタイン・コンクールの予選映像。ナタリア・ソコロフスカヤというらしい。ナタリア、ロシアの名前、確かにキリル文字の頭文字は「H」でした。当然ながらCDなどはまだありません。
もうひとりは、フロランス・ロバノー?CPEバッハの昔「カンタビレ」と呼ばれたロンド・エスプレシボをピアノで。

バッハの様々な編曲ものをアンソロジーしたCDを出しているアレッシオ・バックスも知りました。こちらはかなりのイケメン氏。youtube上のバッハのピアノ独奏編曲版は、リスト、サンサーンス、ブゾーニ、ダルベールあたりと並んで、ジロティとかゴドフスキーの名前がよくでてきます。もちろん編曲者としてヘスやケンプも健在なのですが。もうひとりはアレクサンドル・タロー。バロックを積極的に取り上げています。マルチェロのオーボエ協奏曲が。

思わぬ収穫といえそうなものも。
ロバート・レヴィンのモダンピアノ版のイギリス組曲全曲。ヘンスラーの全集用の録音の様子。思ったより素晴らしく聴こえました。同じくフランス組曲は、エドワード・アルドウェルという人。このふたつの全曲は対照的演奏ですが、どちらも聴き続けられます。チェンバロだと音がきつくて耳に優しくない印象になるので、ピアノ演奏版は大変BGM向きです。インベンションとシンフォニアは、エフゲニ・コロリオフ。変にオリジナルと有名スターに頼った全集よりヘンスラーの全集は柔軟な対応。

ピアニスティックなパルティータはディヌ・リパッティの変ロ長調とフー・ツォンのニ長調が。

エレーヌ・グリモー----ブゾーニ編曲シャコンヌ。改めて聴いてみたらとても素晴らしい、と。実に不思議なピアニスト。ウィキ検索「フランス人であるが、フランス近代音楽にさして興味がないこと、ドイツ・ロマン派音楽にとりわけ魅了されることを明言している。両親は共に大学教授。本人は大学で動物生態学を学ぶ。1999年、ニューヨーク・ウルフ・センターを設立。ニューヨーク州郊外で野生オオカミの保護活動に取り組むようになる。現在はニューヨークでの生活の一方で動物学を学び、オオカミの生態を研究しながら、その養育を続けている。共感覚の持ち主としても知られる。インタビューで本人が語る。いつもCは黒、Bは青、Fは赤、リストの曲は金色がかった色調に感じる。11歳の時にバッハの平均律クラヴィーア曲集嬰ヘ長調のプレリュードを弾いている時に明るい暖かな赤とオレンジの間の色調を感じた。数字にも色を感じる。2は黄色、4は赤、5は緑。曲によってはいつも特殊な色の世界を感じる。時によって調性に影響される。ハ短調は黒、ニ短調は青。ベートーヴェンのテンペストソナタは黒、合唱幻想曲は黒、緑、赤、黄色のらせんを感じる」

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意外と少ない録音、意外な演奏家などなど。いざ調べてみるとなかなか興味深いです。合計13時間ほど。元がどんな録音だったとか、CD音源はよくわかりません。youtubeで検索した結果です。エッシェンバッハは子供のピアノ練習のために買ったものの中に。ピアノはちっともロマンチックに聴こえません。

若い世代。協奏曲録音だと、フレイ、シュタットフェルト、バーラミ、ダイナシュタインなどもいます。
アレクサンドル・タロー----マルチェロの「ベニスの愛」。バロックのピアノ演奏に熱心。
ナデジダ・ブラエバ----Ouverture, BWV 29。うまいけれどバッハに聴こえません。
アレシオ・バックス----Andante from the Violin Sonata No. 2 / Sheep May Safely Graze / Air on the G String-, BWV 1068。

もうベテラン。
エフゲニ・コロリオフ----Inventions & Sinfonias。実は曲が単調なのではと疑ってしまいます。
ロバート・レヴィン----English Suites BWV 806-811。バリバリと弾いて、自己アビール。
エドワード・アルドウエル----French Suites BWV 812-817。隠れた才能かしら。
スベトラ・プロチカ----Fugue in A-minor BWV 543 / Bist du bei mir BWV 508。
アルテュール・ピサロ----Bach Transcription by Liszt。おそらくブリュットナーピアノ。

大物たちまたは、大スター。
クリストフ・エッシェンバッハ----アンナ・マグダレナ・バッハの音楽帳。クールでちょっとセンチメンタル、意外と単調。
レオン・フライシャー----Capriccio BWV 992(旅立つ兄のための)。大味だが、こんなの弾いてたの的、選曲合ってます。
フー・ツォン----Partita No. 4 in D major, BWV 828。モダンピアノなのに時代や雰囲気が伝わります。
スビャトスラフ・リヒテル----Prelude, Fugue & Allegro BWV 998。今回掘り出し物。平均律より素晴らしいと。
ヴィルヘルム・ケンプ----Piano Transcriptions by Wilhelm Kempff。
アルフレート・プレンデル----Fantasia and Fugue in A minor, BWV904 / Italian Concerto in F, BWV971。どこかセコイ演奏に聴こえるなあ。
ディヌ・リパッティ----Partita #1 In B Flat, BWV 825。音で誰だかわかるかも。
マレ・ペライヤ----Goldberg Variations, BWV 988。思ったよりうるさい演奏でした。
グレゴリ・ソコロフ----Sonata after Reincken ''Hortus Musicus'' BWV.965。ライブの記録なので意外な選曲があります。

ついでに検索されたCPEバッハのピアノ演奏をおまけに。
フロランス・ロバノ----C. P. E. Bach - Rondo espressivo - Florence Robineau。シフラが弾いた、ソナタ ロ短調 Wq. 55/3, H. 245 - 第2楽章 カンタービレの別名かしら。さらに検索で判明「地球交響曲」という怪しげな映画で演奏を披露しているらしいピアニスト、ヨストが同曲弾いているらしい。
ナタリア・ソコロフスカヤ----Twelve Variations on Folie D'Espagne。ミス・アゼルバイジャン。
アルテュール・バルサム----CPE Bach - Artur Balsam, 1964- Twelve Variations on Folie D'Espagne。伴奏ピアニストとしての方が名高いらしい。ソナタの録音もあり、ハイドンといわれてもわかりません。
アレグザンダー・ロンクイヒ----C. P. E. Bach - Fantasie F sharp minor。ロンクイヒはモーツァルトのロンドやファンタジーの先駆と考えてライブ収録。同曲演奏のリュビモフはエレジーの先駆ととらえていますが、ちょっとやり過ぎ、ロンクイヒの方がCPEらしい。

音楽、特にクラシックは「タダ」になりました。たしかに「タダ」なのですが、好い演奏は聴くほどに会場に足を運びたくなります。ソコロフについては何の情報もなく、「タダ」タダ聴いて選んだ、といえそう。そして、最後まで聴きとおせた(起きていた)演奏でした、というわけ。かなり以前から映画も予告編は観ない前売りなど買わない主義に。わたしは、偶然でしか文化に触れないようになりました。
さて、ソコロフのパルティータ。ホ短調BWV830は何種類かの録音が聴けます。
ラジオ中継なのかしら。特徴ある冒頭のトッカータは安定したソコロフの調子ですが、会場や録音の違いが伝わり、そもそもの音源のソースがどうなっているのか不思議です。
ヨランタ・スクラのopus111が売り出して、存在は知っていたものの、当時は買えませんでした。価値がわからなかった、というのが正直なところ。最近youtubeで、多様なピアノの録音を聴いて初めて感得したとでも。ピアノの音は、シロートのわたしには楽器の完成度が高くどれも同じに聴こえます。現代のピアノの「微妙な違い」を味わうには、ラジオ代わりのyoutubeはありがたい。さらに言えば、CDの登場で「より瑕疵ない」演奏がたくさん出て、やっと最近になってライブの音、エアチェックした録音の音などが味わいとして聴けるようになってきた、かしら。おそらくヨーロッパの人たちは、youtubeを商業的に淘汰され「失われ」ないようにするアーカイブとして、また、価値共有できる友人間の貸し借りとして、有効に使っている感じです。興味深いのはコメントを読んでいると、わたしと似た感想の人がいたりして。
ソコロフのバッハは、パルティータ1、2、4、6が聴けます。この人はラインケン・ソナタをレパートリにしているのがちょっと珍しいかしら。
ピアニストにとって、バッハのパルティータは魅力的らしい。特にニ長調BWV828とホ短調BWV830。ソコロフはバタゴフの半分で弾いています。人の声なら長短高低強弱は人体の限界を超えることはかなり難しいでしょうが、ピアノはある人が30分で弾くものを倍の時間に引き伸ばして弾くことが可能。人体とは正反対の完成度なのでしょう。
ソコロフは、シロート耳に自分の言葉を持っている、ように聴こえます。よくクラシックは世界共通語みたいにいわれますが、わたしは全然首肯できません。むしろ通じないと思います。ではなぜソコロフの言葉がしっくり耳に馴染むのかしら。容貌とは反対にバレエダンサーのような伝達だと思います。その意味では、しなやか俊敏に人体の語法の通りに語りかける、そんな感じ。許先生なら、贅沢してヨーロッパまで聴きに行け、というのかもしれませんが、わたしはお小遣いの範囲でしか、聴く気になれません。「健康で文化的な最低限度の」クラシックが、相応しいのです。

追伸。ソコロフをアップしているelwiswさんやyoungpossumさんに感謝します。

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