基礎教養 カッピングにおける「心理的安全性」
本日とあるコーヒー店の全商品のカッピングを行いました。
8種類トータル1200ml
ペーパードリップ抽出
すべて美味しくいただきました。
1mlも残しませんでした。
わたしが1200ml飲み干せるということは、
お客様も同様に「おかわりできる」ことを現しています。
本当の「カッピング」というのは、
1mlも残さない、「吐き捨てない」ものと考えます。
正直、もったいなくて飲んでしまう以外思いつきませんでした。
そもそも「カッピング」や「試飲」をお客様の立場にただずに行ったり、「吐き捨てて」残った液体はほとんど流して捨ててしまう方法は「SDGs」的にいかがなものでしょうか。
なによりそこには、カッピングにおける「心理的安全性」がないと考えます。「吐き捨てられて」評価される、ていねいに作った人の立場から考えればどうでしょう。いっしょに飲んで風味味わいを共有するところから始める必要がないでしょうか。
ブラジル浅煎り 150ml 良好やや中煎りより
ニカラグア中煎り 150ml 良好素晴らしい
タンザニア中煎り 150ml 良好個性あふれ
ブラジル中深煎り 150ml 良好素晴らしい
コロンビア中深煎り 150ml 良好素晴らしい
グアテマラ中深煎り 150ml 良好素晴らしい焙煎度合らしさ優良
マンデリン中深煎り 150ml 良好素晴らしい個性あふれ
インド深煎り 150ml 良好素晴らしい焙煎度合らしさ優良
コーヒーを提供している、あなたはカッピング(試飲)したコーヒーを飲む量と捨てる量とどちらが多いですか。また捨てる量が多い場合、それがあなたのお客様にとって素晴らしい味わいと自信をもって提供できますか。
コーヒーを愛飲しているお客様である、あなたは自ら好んで飲んだコーヒーは、提供してくれるお店の人たちも同じ条件で同じように飲み干していると信じていませんか。
ここでわたしが「無理なこと」を語って押し付けていると読解された方は、どうかまず自分の作ったものを自分自身が納得できる「説得力のある」ものにして、「レジリエンス(精神のしなやかさ)」を養ってほしいと思います。
もし本当に素晴らしい風味味わいのコーヒーが作れていれば、必ず「なんて美味しいんだ」と感じつつ、気がつけばカップが空になって、もう少し飲みたいと思うでしょう。
カッピングのときいつも思い出すシーン
1981年公開の映画「レイダース」
ネパールのレイヴンウッド酒場
つねに真剣に飲んでいました